公害健康被害補償・予防の手引

問4 公害健康被害の救済

どういう経緯で、公害健康被害の救済制度ができたのですか。

日本経済は、戦後、昭和20年代の復興と国土再建、30年代から40年代前半にかけての高度成長にみられるように、目ざましい発展を遂げてきました。
 反面、経済成長とともに、工場等が排出するばい煙、汚水等により、環境汚染が進み、動植物のみならず、地域住民にも被害を及ぼしました。
 こうした事態に対応して、公害による健康被害者の間には、訴訟により損害賠償を求める動きが活発になり、46年から48年にかけて、いわゆる「四大公害裁判」(問3参照)の判決が出されました。
 一方、法制度面からも、42年に「公害対策基本法」が制定され、健康被害の未然防止の施策の確立がうたわれ、44年には「公害に係る健康被害の救済に関する法律」(45年2月施行)―――いわゆる旧「救済法」―――が制定されました。この法律は、社会保障の補完的な制度として、当面緊急を要する医療費(健康保険の自己負担分)を給付することとし、財源も、事業者からの寄付による納付金(1/2)と公費(1/2)によっていました。
 その後、47年に制定された「公害に係る無過失責任法」(大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部改正)により、公害発生の原因者は故意・過失の有無にかかわらず責任を免れることができないとされ、さらに、その附則で公害の被害者に対し、損害賠償を補償する制度について検討を加え、速やかに措置を講ずるものとするという規定が加えられました。
 先に述べましたように、旧「救済法」においては、医療費の自己負担金を給付するにすぎず、財産的損失に対する補償や慰謝料は含まれていませんでした。また、訴訟によってこれらの問題を解決するには、かなりの労力と日時を要し、原因者が不特定多数の場合には、民事上の解決に委ねることに限界があるという問題がありました。
 このような事情を背景に、47年4月に中央公害対策審議会は、環境庁長官から「わが国における公害に関する費用負担は今後いかにあるべきか。また、環境汚染によって生ずる損害賠償費用はいかに負担すべきか」という諮問を受け、公害健康被害補償制度の検討に着手しました。 時あたかも、47年7月、四日市公害裁判において原告側が勝訴し、被害者救済の緊急性が叫ばれるようになり、当初立法準備期間は2~3年必要とされていましたが、異例の速さで、48年10月「公害健康被害補償法」(49年9月施行)が制定されました。
 公害健康被害補償制度は、制度発足以来、公害による健康被害者の救済に大きな役割を果たしてきました。
 ところで、近年の我が国の大気汚染の状況は、全般的には改善の方向にあり、こうした大気汚染の状況を踏まえ、58年11月に環境庁長官から中央公害対策審議会に対し「今後における第一種地域のあり方について」諮問が行なわれました。
 61年10月、中央公害対策審議会は、1)第一種地域の指定解除、2)既被認定者に対する補償の継続、3)総合的な環境保健施策の推進、4)大気汚染防止対策の強化を骨子とする答申を取りまとめ、環境庁(当時)において公害健康被害補償法の改正法案が作成され、国会に提出されました。
 公害健康被害補償法の改正法は、62年9月に成立し、これを受けて、63年3月1日に、第一種地域の指定解除が行われ、同日以降基金に基づく健康被害予防事業が実施されることとなりました。法律の題名も「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められています。
 このように、公害健康被害補償制度は、現在の大気汚染の状況を踏まえ、これまでの健康被害者に対する事後的な補償制度から、地域住民の健康被害の未然防止に重点を置いた制度へと転換することとなりました。
 また、平成7年に公害健康被害の補償等に関する法律は一部改正され、1)遺族補償費の支給要件の改正、2)災害等の場合における認定更新の特例措置の創設を内容とした制度改正がなされました。

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