ぜん息などの情報館

1-2 粒子状物質による生体影響評価手法の開発に関する研究

研究代表者:内山 巌雄

研究の目的

近年、人の社会的移動が多く、大気汚染の曝露評価は個人に対応した曝露モニタリングが必要になる。 そこで個人サンプラーや尿、血液等の生体試料中の大気汚染物質やそれらの代謝物を測定し、個人の曝露量を推定することが重要である。 このため、今年度は個人サンプラーによる微小粒子に付着した多環芳香族炭化水素(PPAH)の個人曝露量の測定と疾患との関係、尿中、血中の代謝物を用いた、バイオマーカーの有用性やその変動、さらにヒト肺内の元素含量と生活習慣、疾患との関係、大気中浮遊粒子状物質等の測定と、個人曝露濃度の把握を行い総合的に曝露評価を行うことを目的とした。 また実験的研究では粒子状物質により気道肺細胞に誘導される遺伝子発現の変化を包括的に検討して、その適切な生体指標を見いだすこと、実際の環境になるべく近い条件でディーゼルエンジン微粒子を吸入曝露させて、その際惹起される気道の炎症性変化を、転写因子調節、細胞内シグナル伝達系の変化から捉えることを目的とした。

12年度研究成果

  1. PPAHの濃度は、5m地点ではディーゼル車の通過によって大きく変動し朝、夕2時間の平均値は道路からの距離によって大きな減衰を示したが、夕方はそれほど大きな減衰は示さなかった。この違いはディーゼルトラックの交通量の違いと考えられた。
  2. 尿中 1-hydroxypyrene、2-hydroxynaphthalene濃度はかなりの変動があるが、活動状況や食事などによってすぐに影響を与えるものではなかった。またpyrene を代謝させるP-450 isoformについて検討した。
  3. ヒト剖検肺68例の肺内元素は16種が同定されたが、Cr、Ni、Fe、Al濃度は鉄鋼関連職場従事者に、Ni、Sn、Zn、Fe、Crは喫煙者群で比較的高かった。幹線道路際から0m、100m地点でのNO2濃度は、室外>台所>個人>居間であり個人曝露濃度は室外濃度と高い相関が認められた。若松区のVOCsはトルエン、m,p-キシレンが比較的高く道路からの距離減衰がみられたが、個人曝露濃度は明らかな差はなかった。北九州市のPM10中に占めるPM2.5の割合は45%から80%程度で推移し、PAHs は粒径が2.1~3.3μm以下の微少粒子の中に90%以上が含有されていることが認められた。血中HCHO-ヘモグロビン付加体の測定では血漿中に HCHOは0.14~0.46μg/ml、ヘモグロビン1g当たりのHCHOは258~719nmolであり、個人によって2倍以上の濃度差が認められた。
  4. ラットの肺胞マクロファージの粒子状物質曝露研究では、heme oxygenase(HO)をはじめとする動的に変化する各種遺伝子発現状況を包括的に評価することが可能であった。マウスのDE吸入実験では、週5日、1~3か月吸入を持続した。気管支喘息などの病態において重要な役割を果たすと考えられているTh2サイトカイン群であるIL-4、IL-10の遺伝子発現が明らかに誘導された。これは、低濃度群でも高濃度群でもみられ、かつ用量依存性が示唆された。また、このマウスのDE曝露系において、Th1サイトカインが生体防御の上で大きな役割を果たすことがわかっているBCG肺病変を作成したところ、明らかにDE曝露群の方が病変が重症化した。

今後の課題

PPAH濃度がディーゼル車からの寄与が大きいことが判明したので、開発されたその他の個人サンプラー、バイオマーカーと組み合わせて個人曝露量と呼吸器疾患、循環器疾患との関連を調査する。 またpyreneの代謝に関するP-450 isoformについてさらに検討をすすめる。 また肺内の沈着成分と個人曝露濃度、生体侵入量の評価を充実させること、粒子状物質、ガス状物質の大気中濃度、挙動についてさらに測定結果を収集し、個人曝露濃度の長期的な計測と影響因子との関連を調査する。 またHCHO-ヘモグロビン付加体の測定法が確立したので、今後さらに分析を進める。

ラットの系においては、粒子状物質のサイズや形状による遺伝子発現のプロフィールの変化をとらえること、気道上皮細胞などの他の気道・肺胞系細胞への影響も検討することなどがあげられる。 一方マウスの系では、曝露条件、特に期間をさらに長期にした時の変化を検討することや、今回肺組織全体にみられたサイトカイン発現様式の変化が、気道・肺胞系のどこに優位にみられているのかを究明する必要がある。

以上より大気中粒子状物質による影響を個人曝露評価により、詳しく評価することができる。 また呼吸器系での変化を、遺伝子レベルで包括的にとらえることができ、適切な曝露指標を見いだしうる可能性があり、呼吸器健康被害の予防策に理論的な根拠を与えるものとなりうる。

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