ぜん息などの情報館

3-1 乳幼児・小児の気管支ぜん息の保健指導等に関する研究

代表者:森川 昭廣

研究の目的

近年、日本を含む世界各国において、気管支喘息、特に小児の患者の増加、低年齢化が報告されているが、喘息の発症要因のひとつにアレルギー疾患の増加が考えられ、これには生活環境におけるアレルゲン量の増加やアレルゲンに対する生体の反応性の亢進が推測されている。さらに喘息の悪化要因として、これらに加え、感染の影響が考えられている。

アレルゲンによって引き起こされる一連のアレルギー反応は、小児と成人では免疫反応の相違が推測され、特に乳幼児における気道のアレルギー性炎症と炎症を回避する機構は特異的なものと思われる。また、感染が喘息に及ぼす影響は大きく、その治療法を考える上でも詳細なメカニズムの解明が必要である。

しかしながら、いずれの発症要因においても、乳幼児、小児の気管支喘息を発症させる詳細な機序は不明のままである。このため増加させる因子を明らかにし、それに対応する施策を講じることにより、小児の気管支喘息の発症を阻止し、さらに悪化防止とQOLの回復への道筋を作らなければならないと考える。

以上のことから我々は、平成12年度より乳幼児および小児の気管支喘息についての最新の知見をもとに、小児の気管支喘息における病態の特異性を把握した保健指導方法を考察することを目的とし、研究を計画した。

13年度研究の対象及び方法

小課題3-1-1

乳幼児気管支ぜん息の特徴とその保健指導に関する研究

  1. 小児の気管支ぜん息における新しい分類とその病態についての検討 小児期の喘息の早期改善群と非改善群に注目し、乳幼児期から学童期の小児における喘息の分類法、またこれらの喘息のサブグループに伴う病態を、喘息を改善させる因子や悪化させる因子について検討する。昨年度は乳幼児に注目したが、本年度は特に年長児に注目し、喘息の分類法、またこれらの喘息のサブグループに伴う病態を、喘息を改善させる因子や悪化させる因子について検討することを計画した。
  2. 乳幼児気管支ぜん息の頻度調査におけるATS-DLD質問紙調査の妥当性について ATS-DLD日本語版・改訂版の信頼性をISAAC Video Questionnaire日本語版・改訂版と比較することにより検討した。健康診断受診者883名にATS-DLD日本語版・改訂版による疾患の定義に用いる質問用紙調査法を用い、6項目のいずれかに「はい」と答えた105名がビデオによる質問調査の対象とした。
  3. 乳幼児気管支ぜん息と成人気管支ぜん息の発作時の化学伝達物質の違い アレルギーに関連する炎症性メディエーターの作用における年齢的な相違についての検討を進めた。本年は、動物実験として、幼若動物における抗炎症効果の確認のため、そのモデル確立を試みた。また、臨床的には抗コリン薬の使用と臨床効果について検討した。
  4. 乳幼児のぜん息発作時のβ2刺激薬吸入の効果判定 6歳未満の気管支喘息の小児に対し、β刺激薬の吸入治療前後での臨床症状(咳嗽、喘鳴、啼泣、嘔吐、チアノーゼ、陥没呼吸、鼻翼呼吸、呻吟、発汗、呼吸数)と動脈血酸素飽和度、心拍数を記録し、発作程度の判定基準を見直し、年齢、重症度との関連を検討した。
  5. 乳幼児の気道過敏性の判定法の改善と臨床応用 オッシレーション法、経皮酸素モニター法、酸素飽和度による測定法の検討を症例を増やして行い、経皮酸素分圧の変化(Dmin-tcPO2)と呼吸抵抗の変化(Dmin-Rrs)、経皮酸素分圧の変化(Dmin-tcPO2)と酸素飽和度の変化(Dmin-SaO2)との関連を検討する。また、乳幼児を対象とした胸郭腹部圧迫法による機能的残気量(V’max FRC)の測定法についての検討も行った。
  6. 乳幼児期の気管支ぜん息発症に関与する環境因子の検討―室内抗原量の測定― 小児の気管支喘息発症に関与する環境因子である室内(寝具、寝室の床および居間の床)の抗原(Der f 1、Der p 1、Fel d 1、Can f 1)の濃度と、それらに対する感作成立との関連を検討した。アレルギー疾患の既往と家族歴があり、特異IgE抗体陽性の乳幼児期の107名を対象とした。
  7. IL-13受容体異常 細胞内シグナル伝達物質であるSTAT6においてexon1のGT繰り返し配列部位に新規多型を認めたが、アレルギー疾患として気管支喘息に焦点をしぼり、小児期における遺伝子多型と成人の気管支喘息と相違があるか検討した。

小課題3-1-2

気管支ぜん息悪化要因としての感染因子と感染時の保健指導に関する研究

  1. 乳幼児の気管支ぜん息の悪化と感染因子の影響 気管支喘息悪化要因としての感染因子と感染時の保健指導に関する研究として、乳幼児期の気管支喘息の発症率や気管支喘息の悪化と感染の影響について、集団を特定し調査し、これらの症例に対して、気道過敏性などの評価を経年的に行い、その予後について調査を行う。これと並行して、気道感染と喘息の発症、増悪との関連につき、メサコリン吸入試験を中心とした気道過敏性の測定による客観的な評価を行う。
  2. 急性細気管支炎における気道炎症の鼻咽頭吸引液による検討 これまで行ってきた気道吸引液のサイトカインの解析からは、急性細気管支炎の気道ではtype1優位の炎症が起こっていることが示唆された。今回、急性細気管支炎の気道炎症におけるリンパ球の関与を更に明確にするために、2歳以下の急性気道疾患患児(急性細気管支炎4例、気管支喘息5例、急性上気道炎4 例)の鼻咽頭吸引液を採取して、フローサイトメトリーを用いた検討を行った。
  3. ぜん息悪化要因としての炎症性サイトカインの役割 神経系に可塑性が認められる乳幼児に、ウイルス感染などにより気道において強い炎症が惹起されることで、気道に高濃度に発現されたサイトカインがNANC などの神経系細胞に対して作用し反応性が変化することは、気管支喘息の発症に関与すると考えられる。本研究はこのような背景から、胎生期マウス由来の神経上皮細胞を対象に用い、神経性サイトカインが、神経系分化への影響を通じて気管支喘息発症にどのように関わっているかを理解することとした。
  4. 乳幼児気管支ぜん息と肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジア感染症に関する検討 気管支喘息急性増悪のため入院した小児の肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジア抗体価を継続的に測定し、感染と喘息増悪の関連を検討した。また、持続感染の有無やその対処法としての抗菌薬使用について検討した。
  5. RSウイルスの好酸球スーパーオキサイト産生に及ぼす影響 昨年度の結果では、RSウイルスの好酸球活性化の増強作用には、αMβ2を介した細胞接着が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。今年度は、さらにこの結果を裏付ける、RSウイルスおよびPAFにより刺激した好酸球表面上のαMβ2(CD11b/CD18)の発現をフローサイトメーターにより検討した。また、RSウイルスの好酸球活性化の増強反応が、直接的なものか否かを検討するため、RSウイルスが、好酸球に付着するかについて免疫蛍光法により確認した。
  6. ケモカインによる樹状細胞の性状の変化:自然免疫と獲得免疫の反応性への影響 前年までの研究で、気道感染などの炎症局所で産生されると考えられるケモカインが、樹状細胞の分化過程に作用すると、そのサイトカイン産生能を変化させる可能性が示された。そこで、本年度は抗原提示細胞としてのナイーブT細胞活性化機能に対するケモカインの影響の検討と、ケモカインの作用機序を解析するため、mRNAの発現や百日咳毒素処理の影響を検討した。百日咳感染がIgE産生に影響する可能性を示唆する報告もあることから、百日咳毒素の樹状細胞に及ぼす作用とIgE産生への関連も検討した。
  7. ぜん息悪化時におけるウイルスの関与とケモカインの関与 気管ウイルス感染は、気管支喘息増悪の最も重要な増悪因子のひとつである。その機序として、好酸球をはじめとする気道炎症細胞浸潤がウイルスにより生じることが報告されている。これまで我々は、気道上皮細胞による炎症細胞を気道へ導くケモカインの発現をインフルエンザウイルスが増強することを報告してきたが、さらにこの分子生物学的機序を解明するため、気道上皮細胞を培養し、各サイトカインによる刺激またはウイルスの増幅過程で産生される二本鎖RNAによるケモカイン発現に対する影響のパターンとその機序について検討した。

13年度研究成果

小課題3-1-1

乳幼児気管支ぜん息の特徴とその保健指導に関する研究

  1. 小児の気管支ぜん息における新しい分類とその病態についての検討 年長児の喘息のアトピー、非アトピー群における気道感受性(Dmin)は、アトピー群、非アトピー群ともにコントロール群と比較し、著しく低値であり、気道感受性の亢進が認められることがわかったが、アトピー群と非アトピー群間には、気道感受性の有意差は認められなかった。年長児の喘息のアトピー、非アトピー群における気道反応性(St)では、非アトピー群がアトピー群や健常群と比較し、著しく高値であり、気道反応性の亢進が認められることがわかったが、アトピー群とコントロール群間には、気道反応性の有意差は認められなかった。
  2. 乳幼児気管支ぜん息の頻度調査におけるATS-DLD質問紙調査の妥当性について 両質問紙間に有意な相関性がみられた(r=0.48)。一般の乳幼児健康診査受診者を対象とした喘息有症率調査には、簡便に短時間に行えるATS-DLDによる自記式質問紙調査法の妥当性が証明された。
  3. 乳幼児気管支ぜん息と成人気管支ぜん息の発作時の化学伝達物質の違い DSCGの効果は動物実験で、抗コリン薬は臨床面で評価することを計画した。幼若動物におけるDSCGの抗炎症効果を検討するため、OVA感作マウスを作成したが、アレルゲン誘発により2相性の喘息反応は出現し、動物モデルの作成法が確立した。その結果、DSCGには抗コリン薬の使用と臨床効果については、アンケートに答えた66%の医師が抗コリン薬の使用経験があり、抗コリン薬の有効性については15%にしばしば有効であったとしている。
  4. 乳幼児のぜん息発作時のβ2刺激薬吸入の効果判定 3歳未満と3歳以上の気管支喘息児では、β刺激薬の吸入後の改善は3歳未満で良好であった。治療前後での臨床症状ではβ刺激薬の吸入後、3歳未満で呼吸数の改善が著しかったが、動脈血酸素飽和度と心拍数では年齢的な相違はみられなかった。
  5. 乳幼児の気道過敏性の判定法の改善と臨床応用 オッシレーション法、経皮酸素モニター法、酸素飽和度による測定法の検討を症例を増やして行い、経皮酸素分圧の変化(Dmin-tcPO2)と 呼吸抵抗の変化(Dmin-Rrs)、経皮酸素分圧の変化(Dmin-tcPO2)と酸素飽和度の変化(Dmin-SaO2)がよく相関することがわかった(いずれもp<0.001)。今後、最も簡便な酸素飽和度の閾値(Dmin-SaO2)による気道過敏性の測定が、乳幼児の計測法として利用すべきと考えられた。
  6. 乳幼児期の気管支ぜん息発症に関与する環境因子の検討―室内抗原量の測定― ネコを飼っている家庭ではFel d 1、イヌを飼っている家庭ではCan f 1の濃度が有意に高かった。ネコを飼っている家庭ではネコ上皮特異IgE抗体が高値であったが、イヌを飼っている家庭でイヌ上皮特異IgE抗体の出現は有意ではなかった。各抗原濃度と特異IgE抗体陽性率との検討も行った。寝具のFel d1濃度が0.5ug/g以上で有意にネコ上皮特異IgE抗体は陽性となった。
  7. IL-13受容体異常 小児においては、exon 1のGT繰り返し配列数の多型と喘息の発症に関連が認められたが、成人の喘息においては、このような関連は認められなかった。年齢によりexon 1のGT繰り返し配列数の多型との相関関係が異なることから、発症年齢、重症度や治療反応性などの相違を判定する手がかりとなる可能性が考えられた。

小課題3-1-2

気管支ぜん息悪化要因としての感染因子と感染時の保健指導に関する研究

  1. 乳幼児の気管支ぜん息の悪化と感染因子の影響
    1. 平成13年度 北橘村における就学前児童における気管支喘息の調査結果報告
      対象は103名(年齢5-6歳)、アンケートに協力してくれた保護者は84名(82%)であった。アンケートの結果、乳幼児の喘息が疑われる小児が11名(13.1%)で、昨年の北橘村の調査(15.5%)とほぼ同数であるが、その頻度はこれまでに群馬県や全国で行われた結果を上回るものであった。
    2. 乳幼児期にRSウイルスに罹患した小児19名のメサコリン吸入試験の閾値(Dmin-PO2)は、平均5.7±9.2unitで、コントロール群の小児17名の閾値は、平均27.0±20.7unitであった(P<0.01)。この結果から、RSウイルスに罹患した小児では、罹患していない小児に比較し、有意な気道過敏性の亢進が認められることが明らかとなった。RSウイルスによる感染が気道傷害を引き起こし、結果として気道過敏性の亢進が惹起されたと思われた。
  2. 急性細気管支炎における気道炎症の鼻咽頭吸引液による検討
    全体のリンパ球(CD4+CD8陽性細胞)率は中央値0.72%、範囲0.16-2.7%であった。急性細気管支炎では、気管支喘息および急性上気道炎と比較してリンパ球(CD4+CD8陽性細胞)率がむしろ低く(Kruskal-Wallis検定、p=0.093)、CD49d陽性細胞率も少ない(p=0.055)傾向がみられたが、CD4/8比およびCD9陽性細胞率には差はみられなかった。このことは急性細気管支炎の気道では気管支喘息、上気道炎に比べてリンパ球の浸潤、活性化が少ないことを示すものと思われた。
  3. ぜん息悪化要因としての炎症性サイトカインの役割
    本研究で得た成果は、神経系前駆細胞からの細胞分化決定過程において、サイトカイン等の増殖分化因子からの細胞外来性シグナルカスケードの他に、細胞系譜特異的な蛋白をコードする遺伝子プロモーターのDNAメチル化が、その蛋白の発現を抑制するという、エピジェネティックな修飾による細胞内在性のプログラムが関与するという新規概念を提示するものである。神経系に可塑性が認められる乳幼児にサイトカインが神経系の細胞に対して作用し反応性が変化することが喘息の発症と関わりあっている可能性も示唆されているため、神経系前駆細胞の分化制御機構の解明は意義ある成果と思われる。
  4. 乳幼児気管支ぜん息と肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジア感染症に関する検討
    1. 肺炎マイコプラズマ感染に関する検討
      急性感染群と感染陰性群で臨床的特徴を比較したが、発作強度、発作持続日数、酸素投与頻度、ステロイド使用頻度に差を認めなかった。マクロライド系抗菌薬投与と関係なく、抗体価は低下した。
    2. 肺炎クラミジア感染に関する検討
      急性感染群と感染陰性群で臨床的特徴を比較したが、発作持続日数は急性感染群で有意に長く、吸入ステロイド使用頻度も感染後に高くなった。マクロライド系抗菌薬の長期投与が、抗体価陰性化には有効である可能性が示唆された。
  5. RSウイルスの好酸球スーパーオキサイト産生に及ぼす影響 αMβ2の発現は、O2-産生と同様に、RSウイルスは単独では、亢進しなかったが、PAFと同時に添加すると好酸球からのaMb2の発現を増強することが明らかとなった。さらにFITC標識抗RSV抗体を用いた免疫蛍光法により、高濃度のRSウイルスは好酸球に、PAFの刺激にかかわらず、比較的短時間で付着することが明らかとなった。以上より、RSウイルスは、PAFによる好酸球活性化を増強し、RSウイルスの好酸球活性化の増強作用には、 αMβ2(CD11b/CD18、Mac-1)を介した細胞接着が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
  6. ケモカインによる樹状細胞の性状の変化:自然免疫と獲得免疫の反応性への影響 MCP-1存在下で誘導された樹状細胞は非存在下で誘導された樹状細胞に比べ、IL-12mRNAの発現が低下し、ナイーブT細胞からのIL-13産生を低下させないものの、IFN-γ産生を低下させることでTH1/Th2反応のバランスをシフトさせた。また、MCP-1によるIL-12産生能の抑制は百日咳毒素に依存していないと考えられた。さらに、百日咳毒素自体が樹状細胞のIL-12産生能を抑制し、IFN-γ産生γ細胞の誘導を抑制することから、Th1反応の抑制により、間接的に百日咳感染でのIgE産生の増強に影響する可能性が示唆された。
  7. ぜん息悪化時におけるウイルスの関与とケモカインの関与
    気道上皮細胞からのEotaxinおよびRANTESの発現パターンを比較検討したところ、どちらも炎症性サイトカインであるTNF-αにより、その蛋白発現が増強され、転写因子NF-kBによる転写活性化が重要であることがわかった。特にRANTESはそのプロモーター領域に複数のNF-kB結合領域が存在し、NF-kBにその発現を強く影響されることが推定された。また、二本鎖DNA(poly IC)は、上皮細胞のRANTES、IP-10、IL-8の発現を誘導し、これらのプロモーター領域に共通するNF-kBの関与が推定された。
このページの先頭へ