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知っておきましょう、「職業性ぜん息」のこと
④治療と対策が奏功した「職業性ぜん息」~「コンニャクぜん息」と「ホヤぜん息」~

「職業性ぜん息」は、職場で発生するさまざまな原因物質によって発症するぜん息です。あらゆる職場で起こりうる職業性ぜん息について、「職業性アレルギー疾患ガイドライン2016」の編集に携わった群馬大学名誉教授で、上武呼吸科器科内科病院病院長の土橋邦生先生にいろいろ伺いました。第4回目の今回は、適切な治療と予防によって姿を消しつつある職業性ぜん息のことをお話しいただきます。

ポイント!

適切な治療と対策によって職業性ぜん息を封じ込めた好例!

土橋 邦生 先生 上武呼吸器科内科病院病院長
群馬大学名誉教授
土橋 邦生 先生

原因究明と治療が効を奏したコンニャクぜん息とホヤぜん息

新しい原因物質による職業性ぜん息が報告される一方で、医療や職場環境の改善努力などによって今ではほとんど見られなくなった職業性ぜん息もあります。本コラムの第2回でご紹介した「米杉ぜん息」もその一つですが、他に代表的なものとして「コンニャクぜん息」と「ホヤぜん息」があります。いずれも、ある特定の地域で集団的に発症し、その原因を徹底的に究明して治療と対策を講じたところ、患者さんが激減した、という特徴があります。

コンニャクの製造地で職業性ぜん息が集団発症

コンニャクの一大産地である群馬県下仁田町では、以前からコンニャク製粉工場の従業員や近隣住民に、気管支ぜん息の患者が多いと、地元医師に知られていました。そこで1951年、群馬大学第一内科のグループが現地入りして、問診やアレルギー検査など詳細な調査を実施しました。その結果、コンニャクの製造過程で生じる、コンニャクいもの主として皮の部分の、軽くて細かい粉末(舞粉)が大量に飛散し、それを吸い込むことで発症するぜん息の存在を確認し、これを「コンニャクぜん息」と名付けて報告しました。コンニャクぜん息の発症率は、製粉工場従業員の16.6%と高率でしたが、当時の下仁田地方では、コンニャク生産に何らかのかたちで従事する人は人口の4割にも達しており、転地や転職はたいへん困難な状況でした。そこで医療チームは、アレルギーの原因物質、この場合はコンニャクの舞粉から作製したアレルゲンをほんの少しずつ体内に入れていき、原因物質に対する過敏な反応を抑える「免疫療法(減感作療法)」を実施。高い治療効果をあげることに成功しました。加えて、職場環境の整備によって舞粉の吸引を抑え込み、その後ほとんど発症が認められなくなりました。

職場環境の整備以前の様子。舞粉の粉塵が職場を覆っている(土橋邦生先生ご提供)

職場環境の整備以前の様子。
舞粉の粉塵が職場を覆っている(土橋邦生先生ご提供)

職場環境の整備後の様子※前掲の写真とは異なる作業場です(土橋邦生先生ご提供)

職場環境の整備後の様子。
※前掲の写真とは異なる作業場です(土橋邦生先生ご提供)

カキの養殖場で発症が認められたホヤぜん息

広島のカキ養殖地で、むき身作業に従事する熟練の職人は「カキの打ち子(あるいは「打ち娘」)」と呼ばれています。1958年頃からカキの打ち子の間で、むき身作業に伴うぜん息の発症が広く知られるようになっていました。1963年には「カキの打ち子ぜん息」として報告があり、その後、詳細な調査・研究から、打ち子がむき身作業を行う際、殻に付着した海産動物のホヤが放出する体液を吸入することにより発症する、職業性ぜん息であることが突き止められ、1966年に「ホヤぜん息」と名付けられました。作業環境や作業内容の工夫を行い、また、コンニャクぜん息と同様、免疫療法を実施したところ、高い有効性が得られ、やはり現在ではほとんど見られなくなっています。

コンニャクぜん息とホヤぜん息の例は、原因物質の特定と、それに基づく適切な治療、これらに加えて職場環境の整備や作業方法の改善などの諸策を講じることで、職業性ぜん息を封じ込めることができたモデルケースと言えるでしょう。

次回は、職業性ぜん息の診断・治療とコントロールについて解説します。

土橋 邦生(どばし・くにお)先生

1978年群馬大学医学部卒業。博士(医学)。2005年同大学院保健学研究科教授を経て、2018年より上武呼吸器科内科病院病院長。群馬大学名誉教授。日本職業・環境アレルギー学会理事長を務める。「職業性アレルギー疾患診療ガイドライン」の編集・発行(2013年)および改訂(2016年)に取り組む。日本呼吸器学会指導医、日本アレルギー学会指導医など。第66回日本アレルギー学会学術大会大会長。第41回日本職業・環境アレルギー学会学術大会大会長。