「職業性ぜん息」とは、職場で発生するさまざまなアレルゲン(原因物質)によって発症するぜん息です。あらゆる職場で起こりうる職業性ぜん息について、「職業性アレルギー疾患診療ガイドライン 2016」の編集に携わった、群馬大学名誉教授で上武呼吸科器科内科病院病院長の土橋邦生先生にいろいろ伺いました。
第3回目の今回は、職業性ぜん息の原因物質や頻度の高い職業性ぜん息についてご説明いただきます。
化学物質など「低分子量物質」を原因とする職業性ぜん息が増加しています
上武呼吸器科内科病院病院長
群馬大学名誉教授
土橋 邦生 先生
『職業性アレルギー疾患診療ガイドライン2016』に網羅された職業性ぜん息の原因物質は約250ときわめて多岐にわたります。植物性の細かい粉塵、動物由来のふけなどの成分や排泄物、花粉・胞子・菌糸類、薬剤や化学物質の粉塵などさまざまです。これら原因物質は、分子量の違いから、高分子量物質と低分子量物質に分類されています。こうした物質に、とくにアトピー素因(アレルギーを起こしやすい過敏な体質)がある方が、職場で長く接し、吸引し続けると、職業性ぜん息を発症しかねません。
原因物質の中で以前から多く見られるものの一つに「小麦粉」があります。パンやうどん、ピザなど小麦粉を取り扱う業者は数が多く、換気をきちんとした職場でマスクをしていても、小麦粉の粉を吸引するケースが少なくないようです。小麦粉ぜん息は、小麦粉を取り扱う職場で働くようになってから数週間で発症することもありますが、平均約10年と、比較的長い期間、原因物質に曝された後に発症することが多く、「どうして今頃になって」と驚かれる患者さんもいます。小麦粉ぜん息は、先に鼻炎症状が続いて、その後ぜん息を発症するケースが多いので、花粉のシーズン以外で鼻炎症状が出るようなら、職業性ぜん息の可能性も疑って、専門医を受診するとよいでしょう。
他にも、ペット業界で働くトリマーの方に、主にイヌやネコのふけなどを原因とする職業性ぜん息が多く見られます。
農業分野では、ビニールハウスによる栽培が盛んになり、密閉度の高い空間で花粉などの原因物質が高濃度となることから、イチゴ花粉ぜん息やキク花粉ぜん息などが報告されるようになっています。
近年とくに増加しているのが、化学物質など低分子量物質(分子量が小さい化合物)をアレルゲンとする職業性ぜん息です。現在のガイドラインに記載されている約250の原因物質のうち、およそ90種、つまり約40%を、低分子量物質が占めています。製薬会社の従業員や化学者、薬剤師の方などが薬剤粉塵を原因物質とする職業性ぜん息を発症したり、医療従事者がラテックス(医療用グローブ)のパウダーや医療用消毒薬で発症する例も見られます。
これとは別に、症例としては多くありませんが、北海道など酪農の盛んな地域で、ウシのふけなどを原因物質とする酪農家の職業性ぜん息も報告されています。もともと酪農家の方に特有のアレルギー疾患として、「農夫肺」といって、サイロの干し草に生えるカビの胞子などを吸うことで生じる過敏性肺炎がよく知られています。職業性ぜん息か、それとも過敏性肺炎なのか、医療者がはっきり診断し、適切な治療と予防を行う必要があります。
産業の多様化、社会の変化に伴って、新しい原因物質が登場し、職業性ぜん息の引き金になる物質がこれからも次々と出現するものと思われます。
次回は、治療が効を奏して、今ではほとんど見られなくなった職業性ぜん息をご紹介します。
土橋 邦生(どばし・くにお)先生
1978年群馬大学医学部卒業。博士(医学)。2005年同大学院保健学研究科教授を経て、2018年より上武呼吸器科内科病院病院長。群馬大学名誉教授。日本職業・環境アレルギー学会理事長を務める。「職業性アレルギー疾患診療ガイドライン」の編集・発行(2013年)および改訂(2016年)に取り組む。日本呼吸器学会指導医、日本アレルギー学会指導医など。第66回日本アレルギー学会学術大会大会長。第41回日本職業・環境アレルギー学会学術大会大会長。