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第39回日本小児臨床アレルギー学会共催 市民公開講座
「知りたいこどものアレルギー」レポート(全10回)
⑧小児気管支ぜん息の呼吸機能と極長期管理~こどもたちの未来を守るために~

2023年7月15日(土)~16日(日)、福岡国際会議場にて第39回日本小児臨床アレルギー学会共催学術大会が行われ、その中で、16日に環境再生保全機構(ERCA)主催による市民公開講座「知りたいこどものアレルギー」(座長:昭和大学小児科学講座 今井孝成教授)が開催されました。

この連載コラムでは、各プログラムの講演の概要と、事前に寄せられた質問に対する専門医の回答を、全10回にわたり紹介しています。

プログラムの3番目は小児気管支ぜん息について、東海大学医学部付属八王子病院小児科医長、講師の平井康太先生が登壇されました。「知りたいこどものアレルギー」レポート第8回の今回からは3回にわけて、平井先生にお話いただいた講演内容をご紹介します。

東海大学医学部付属八王子病院小児科医長、講師平井康太先生

小児ぜん息における「極長期管理」とは

今、小児気管支ぜん息の分野で注目されているのは、呼吸機能の状態によってぜん息のこどもたちがどのような将来を迎えていくかです。これについて大規模な研究結果がたくさん出てきましたので、その点を踏まえて今後、小児科医がどのようにぜん息の管理をしていくべきなのかということをお話させていただこうと思います。

ガイドラインの普及や薬剤の進歩によって、小児気管支ぜん息の入院患者さんの数は年々減ってきています。もともと「ぜん息死ゼロ」を目標にしていましたが、2018年に一度小児の分野で「ぜん息死ゼロ」という悲願を達成しました。その後もほぼゼロを保っていて、今、ぜん息のコントロールはだいぶ良い状況が続いている時代だといえます。

僕は、ぜん息治療において3つのステージにわけて考えなければいけないと思っています。1つめが、現在。つまり<急性期>の管理として発作にどう対応するかというステージ。2つめが、近い未来を視野にした<長期>の管理というステージ。

そして3つめが、<極長期>の管理。これは僕の師匠の望月博之先生と作った言葉なのですが、ぜん息をもっていたこどもたちが、遠い将来、成人になった時にどうなるかということです。今回はこの「極長期管理」についてお話させていただこうと思います。

ぜん息の原理と治療目標

そもそもぜん息はどうして苦しいのかというと、典型的な症状としてはぜん鳴、息切れ、咳嗽、胸部の絞扼感(こうやくかん)などが有名です。夜間や早朝に悪くなる傾向があって、症状が変動します。ウイルスの感染等による感冒や運動、アレルゲンの曝露、天候の変化、大声で笑ってしまったりとか、刺激物、車の排気ガスやタバコの煙、あとは何か強い臭いのもので誘発されるような場合、これはぜん息である可能性が高いと考えられます。

次に、ぜん息はなぜ苦しくなるかを説明します。ペットボトルの蓋(口)が大きいものと小さいものを想像してください。ペットボトルの容器の真ん中をギューッと握ると大きい蓋(口)のほうは空気がバーンと外に出て行くのですが、小さい蓋(口)のほうは空気が出にくいのです。つまり息が吐きにくく、肺の中の空気が多いままの状態(これを「過膨張」と言います)になる。このためぜん息は苦しい病気だというふうに考えられています。

ではなぜ息を吐く時に、ピーッという音がするのでしょう。息を吸う時は肺の中がどんどん広がるので気管支も広がりやすいのですが、息を吐き始める時は肺の中は空気でパンパンになっているため、気管支を潰しやすくなっているのです。そもそも気管支ぜん息は気管支の壁の中にある平滑筋が収縮してしまうので、もともとの気管支が細いことに加えて隣接する肺の中にも空気がたくさんあること、また呼気になるので物理的に胸郭が小さくなることでより気管支が細くなってしまいます。その時にピーッという音がする。これがぜん息の原理になります。

以下は環境再生保全機構のパンフレット「おしえて 先生!子どものぜん息ハンドブック」(※1)のぜん息患者さんの気道の模式図です。とてもわかりやすい模式図で、ぜん息の患者さんは中央のオレンジ枠<ぜん息の人の気道>のように、そもそも普段から気管の中に炎症がありますが、先ほど言ったようなウイルスの感染や煙草の煙やアレルゲンを吸入するなどの増悪因子の影響によって、一時的に気管支の粘膜が厚くなったり平滑筋が収縮したりして、気道が細くなってしまうのが気管支ぜん息の急性増悪発作、つまり赤枠<ぜん息発作のときの気道>の状態ということになります。これを発作薬で治療すれば、このオレンジ枠<ぜん息の人の気道>の状態には戻ります。ここが急性期の治療ということになります。

普段、長期管理として吸入ステロイドやロイコトリエン受容体拮抗薬を飲んでいるというのは、このオレンジ枠<ぜん息の人の気道>の状態から元の状態、つまり青枠<健康な人の気道>に戻しましょう、ということです。これが長期管理の治療の目標になります。

一方で、この長期管理を続けなかった場合には、炎症がどんどん強くなりますし、発作を起こすたびに気管支はダメージを受けていきます。それによって細胞の修復過程で線維化が進んでしまい、やがて茶色枠で書かれている<リモデリングによる変化>、つまり気管支が固くなってしまって広がらなくなってしまう状態になると考えられています。これを防ぐために急性発作は起こさせない、長期管理をしましょうというのがぜん息治療の目標になります。

咳に関する研究

僕はぜん息の主要な症状である咳について研究しているので、ちょっと咳について触れたいと思います。こどもって大体1日にどれくらいの咳をしていると思いますか?このことについて調べた論文が1996年にありますが、その報告によると、1日で健常児でも平均で10~11回は咳をしていて、多い時には34回もしているそうです。

では、ぜん息の急性増悪の場合、夜間、どれくらい咳をしているのでしょうか。これはぜん息のお子さんをお持ちの保護者さんはいろいろと思うことはあると思うのですが、だいたい一晩、8時間で300回くらい咳をしていて、すごく多い子だと僕の経験では670回咳をしているということがありました。

本来、健常児は夜間まったく咳をしないと言われています。成人でもやはり覚醒時のみに咳が出ていると言われています。夜間の咳嗽(がいそう)というのは病的な意味があって、回数とか性状とか起こる時間のパターンから何かの診断に応用できないかなということで、そういった研究も始めています。

たとえば、身体に装着する「咳モニター」を作って、一晩でどれくらいの咳をしているかというのを音声と横隔膜の動きを見て、解析ソフトで分析しました。ぜん息のこどもと、ぜん息ではないこども、ぜん息ではなく風邪による脱水などの症状があって入院したこどもたちに協力してもらって咳の回数を数えさせてもらったのですが、ぜん息のこどもは一晩で平均143回くらい咳をしています。

特徴的なのは、夜寝入り端の時間帯に咳が多くて、明け方にかけてまた咳が増えてくることです。ぜん息のお子さんをお持ちの保護者の方々は経験していると思いますが、やはり昔から言われている通りのことが客観的に証明されたかなと思います。一方、風邪や気管支炎で入院したお子さんに関しては、咳をする時間に特徴はなくて、一晩中継続的に咳をしているというような感じでした。

次に、中発作と大発作でどれくらい咳の回数が違うかを分析してみたのですが、中発作と大発作では時間帯に大きな違いはなく、寝入り端と起きがけに多いというのは変わりませんでした。どれくらい咳をしているかというと、中発作の人たちは大体一晩で100回程度、大発作の人たちは300回が平均でした。中には一晩で612回も咳をしているケースがあります。見てみると、だいたい1時間につき60回くらいの咳をしていることになります。これは非常に苦しいことだと思います。

咳が与える影響

それでは、咳というのはどれくらいのカロリーを消費するかを見てみましょう。大人では咳1回で大体2~4キロカロリー消費すると言われています。大発作で考えると、600回咳をしていれば、一晩寝ているだけで1,800キロカロリーを消費するということがわかります。クロールだと90分くらい、テニスだと180分程度動かないと消費できないようなカロリーを、ぜん息の発作が起きたときは一晩で消費していることがわかります。

また、これもぜん息のこどもたちが苦しい要因の1つになりますが、就寝時の脳波と咳モニターを見てみると、咳をする前はしっかり寝ているのですが、咳が出る前になると睡眠深度が浅くなって、それから咳が出始めています。咳をするために覚醒するのか、覚醒するから咳が出るのかは世界的にもまだ解明されていないようです。咳をするということは覚醒している状態ですので、睡眠深度が深いところから一気にレム期に入る、つまり目が覚めてしまうということですので、やはりつらい病気なのだと言えます。

このことからも、ぜん息の急性増悪は著しくこどもたち、保護者のQOLを低下させていると言えると思います。咳嗽によって大量のカロリーを消費していて、こどもにとって急性増悪は呼吸がすごく苦しいだけでなく、睡眠が妨げられ、体力もすごく消耗しているということがよくわかります。

次回は、平井先生の講演の後半、ぜん息の症状を抱えたこどもの極長期管理や、実際に経験されたぜん息患者の方の事例をご紹介します。