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日本で、海外で学び、実践する「呼吸リハビリテーション」
~進化し続ける呼吸リハビリテーションの世界~
② 欧米で見た呼吸リハビリテーションの最前線(その1)

兵庫医科大学リハビリテーション学部で学部長を務める玉木彰先生は、欧米での豊富な研修・留学経験を持ち、日本における呼吸リハの実践、研究、普及に力を尽くしています。連載2回目の今回は、米国での研修の内容や思い出深いエピソードなどをご紹介します。

ポイント!

米国研修で得た気づきが、日本の呼吸リハビリテーションの進展のために役立っています

玉木 彰先生 一般社団法人日本呼吸理学療法学会 理事長
兵庫医科大学 リハビリテーション学部
学部長・教授 玉木 彰先生

呼吸リハビリテーションを続けるには目的意識を持つことが大切……気づきを与えられた第1回米国研修

私が最初に米国にリハビリテーションの研修に行ったのは、1998年のことでした。前回のコラムでご紹介しましたが、その前年には呼吸リハビリテーションにおけるガイドラインが米国で発表され、呼吸リハビリテーションの世界に大きな変化が訪れようとしていました。

大阪府立大学で助手をしていた私が臨床と研究で赴いていた大阪大学では、1997年に本邦において臓器移植法が制定されたことから、肺移植の準備を始めたところでした。私は、当時の日本では誰も経験がない肺移植後のリハビリテーションを学ぶため、米国のワシントン大学とマサチューセッツ総合病院(MGH)に赴きました。

ワシントン大学には、肺移植の権威であるJ・D・クーパー博士が在籍しており、MGHもまた、世界トップクラスの病院です。最先端の施設で肺移植後のリハビリテーションを実地で学べることは、非常に光栄なことでした。

留学中は、現地の理学療法士と意見交換をしたり、術後の患者の様子に接することができました。一番驚いたのは、患者さんが麻酔から覚めるとすぐにリハビリテーションを開始していたことです。

今でこそ日本でも術後の早期リハビリテーションが推奨されていますが、当時は「術後はしばらく安静に」というのが一般的でした。ところがワシントン大学でもMGHでも、手術直後からベッドにウォーキングマシンを横付けして、歩行運動を行っている。患者さんも自ら進んで運動し、早期回復に努めていました。

ご存じのように、米国は民間医療保険が主ですから、そういった背景も関係していると思われるのですが、米国の患者さんの「一日でも早く家に帰りたい」という思いと、リハビリテーションへの積極性はとても衝撃的でした。

90年代の日本のリハビリテーションが、身体機能の改善や痛みの軽減などの症状の軽減に重きを置いていたのに対して、米国は、退院後の仕事、日常生活、プライベートなどを具体的にイメージしてもらいながら、それを実現するために必要なリハビリテーション介入を行っていました。そこで肺移植患者さんに目的意識を持ってもらうことが、積極的に頑張ろうとする姿勢につながっているのではないかと考えました。

ここで得た気づきは、現在の私が患者さんと呼吸リハビリテーションを行う時に大いに役立っています。目的を持ってリハビリテーションをすることで、主体的に長く呼吸リハビリテーションを継続することにつながります。

また、米国の理学療法士の方と話をしていると、日本の理学療法教育では勉強しないような薬剤のことや、病態生理のことを詳しく知っていて、とても驚かされました。豊富な知識を持って医師や患者と接している彼らを見て、私もいっそう知識を習得しなくてはと刺激を受けました。

もう一つ、最初の米国研修で、感銘を受けたことがあります。それは米国のリハビリテーションが、非常にシステマティックでマニュアル化され、情報がデータベースとして集積されていたことです。もちろん日本でも患者さんの評価を記録し、共有していますが、米国のそれとは比較にならないものでした。マニュアルに従って標準的プログラムを用いて介入することで、効率的で信頼性の高いリハビリテーションを行うことができます。膨大なデータが集積されることで、科学的な効果を検証することも容易になる。日本でも導入したいと強く感じました。

2回目の米国研修では、未来を見据えて予防的にリハビリテーションを実施することの大切さを学びました

それから2年後の2000年、私は再び約2週間の米国研修に行きました。当時、私はパーキンソン病やALSなどの神経疾患の呼吸管理にも、関心を持って研究に取り組んでいました。ある時、神経疾患の世界的権威であるJ・バック博士が講演のために来日された際、その場で直接「研修に行きたい」とお願いしたところ、快諾していただけたのです。高名な先生にもかかわらず自宅に数泊泊めていただくなど、たいへんフレンドリーな方でした。

バック博士が在籍するニュージャージー医科大学で印象的だったのは、まだ生活レベルが良好で呼吸器症状もあまりない筋ジストロフィーの患者さんに、予防的に排痰補助装置を購入するよう勧めていたことです。年を追うごとに悪化傾向となる病気の患者さんに対して、できるだけ今の状態を維持するために、予防的治療を推奨する医師の姿に感心しました。最近では日本も予防の概念を重視するようになりましたが、当時では意外に感じられました。先を見越して、できるだけすこやかな状態を保つことのできるよう、患者さんと一緒に取り組まなければならない。こうした姿勢を、バック博士から学びました。

次回は玉木先生がその後の米国短期留学とオランダ研修で得た経験をご紹介します。

玉木 彰(たまき・あきら)先生

1988年京都大学理学療法学科(現 京都大学医学部人間健康科学科)卒業。1999年大阪教育大学教育学研究科健康科学専攻修士課程修了。修士(学術)。2005年兵庫医科大学 博士(医学)。星ヶ丘厚生年金病院、大阪府立大学(現 大阪公立大学)理学療法学科助手、京都大学医学部保健学科助教授、京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻准教授などを経て、現職。一般社団法人日本呼吸理学療法学会理事長。専門理学療法士(呼吸理学療法・心血管理学療法)・認定理学療法士(呼吸)・臨床工学技士・呼吸療法認定士・呼吸ケア指導士・サルコペニア・フレイル指導士。1998年より複数回欧米にて留学、研修に赴く。