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食物アレルギー今むかし①(全4回)
日本の食物アレルギー診療の歴史とは

独立行政法人環境再生保全機構では、2010年に「ぜん息予防のための食物アレルギー基礎知識」を発刊して以来、「ぜん息予防のためのよくわかる食物アレルギー対応ガイドブック2021改訂版」まで、同じアレルギー疾患であるぜん息を合併していることも多い食物アレルギーに関する冊子、パンフレットを数多くお届けしています。今回は、「食物アレルギー診療ガイドライン2021」の作成委員長であり、食物経口負荷試験を日本に定着させた海老澤元宏先生に、食物アレルギーの歴史をひもといていただき、最新の管理、予防、保育・学校現場での取組についてもお伺いして、4回に分けてご紹介します。連載第1回目の今回は、日本の食物アレルギー診療の歴史についてお伝えします。

「ぜん息予防のためのよくわかる食物アレルギー対応ガイドブック2021改訂版」(別ウィンドウで開きます)

ポイント!

2000年以降、飛躍的に進歩した日本の食物アレルギー診療!

海老澤 元宏 先生 国立病院機構相模原病院臨床研究センター長
アレルギー性疾患研究部部長
海老澤 元宏 先生

50年前まではほとんどその存在が知られていなかった食物アレルギー

医学の父と呼ばれるヒポクラテスが、今から2400年ほど前、「牛乳が嘔吐、下痢、じんま疹を起こす」という言葉を残し、食物アレルギーの可能性を指摘したという逸話が伝わっています。随分昔から存在しているようですが、実はほんの50年前まで、食物アレルギーはきわめて稀な病気でした。

日本人医師によってIgE抗体(アレルギー反応を引き起こす抗体)が発見されたのは1960年代、実際に測定ができるようになったのは80年代で、食物や環境中の抗原(体の中に侵入してくる物質)であるダニやスギ花粉などの抗原特異的IgE抗体の量が測れるようになってきました。測定してみると、さまざまな抗原に反応している人が多くいることが分かってきましたが、当時は食物アレルギーの診断法が全く確立されておらず、IgE抗体が測定可能になってからも、医師によっては「陽性の人はアレルゲン(アレルギーの原因になる抗原)を含む食品の完全除去を勧める」「食物アレルギーの存在を認めない」というように方向性も考え方もまちまちでした。

その後、多くの医師の尽力により食物アレルギーの診断法が確立され、今では小児アレルギー疾患の代表的なものになっております。日本におけるIgE依存性の食物アレルギー有症率は、乳児7.6~10%、2歳児6.7%、3歳児約5%、学童以降1.3~4.5%、全年齢を通して1~2%程度とされており(食物アレルギーの診療の手引き2020より)、数多くの人たちが食物アレルギーに苦しんでいます。鶏卵、牛乳、小麦がアレルギーを起こしやすい食物として知られていますが、ほかにもさまざまな食べ物がアレルギーの原因となり、最近では幼児期におけるクルミをはじめとした木の実類アレルギーが増えています。

日本の食物アレルギー診療の変化と進歩

食物アレルギーの有無を確認する検査に、食物経口負荷試験というものがあります。

食物経口負荷試験とは、実際にアレルゲンの疑いがある食べ物を摂取してもらい、アレルギー症状が出るかどうか観察しながら、原因となる食べ物を正確に診断する試験で、専門医の指導のもと、慎重に行う検査です。今でこそ保険適用となっている検査ですが、そこに至るまでは長い道のりがありました。

2000年に私が主任研究者となって厚生労働科学研究費を頂き、キユーピー研究所の協力を得て約30施設からなる食物経口負荷試験ネットワークを全国に構築しデータの蓄積を開始しました。更に日本小児アレルギー学会で食物経口負荷試験が求められていることのデータを示し、厚生労働省をはじめとする関係各所に必要性を訴え続け、特に2005年から2006年にかけては年末年始休みを返上して厚労省からの保険適用に向けた書類作成に対応し、2006年には入院で、2008年には外来でも保険適用が認められることとなりました。当時、食物経口負荷試験を実施できる施設は全国で10施設程度でしたが、現在は約400施設に増え、今日の日本では食物経口負荷試験が定着し、数多くの医療機関で実施されています。

食物アレルギー研究会「食物経口負荷試験実施施設一覧」(別ウィンドウで開きます)

このように、食物経口負荷試験の保険適用をはじめ、2000年以降、日本の食物アレルギーに対する医学的、社会的な対応は大きな変化を遂げてきました。

容器包装された加工食品にアレルギー物質を表示することが定められたのは、2002年のこと(当時、表示の義務があるものは特定原材料5品目、表示が推奨されているものは特定原材料に準ずる19品目。現在は、それぞれ7品目と21品目に拡大)。加工食品へのアレルギーの表示義務は、いまだ海外では実現されておらず、日本は諸外国の20年先を進んでいるとも言えます。その後、「食物アレルギーの診療の手引き2005」「食物アレルギー経口負荷試験ガイドライン2009」などを統合し「食物アレルギー診療ガイドライン2012」にまとめられ診療の標準化が進み、2021年には最新の診療ガイドラインが日本医療機能評価機構Minds準拠で作成されました。

今や日本の食物アレルギー診療は世界最高レベルに達していると言ってよいでしょう。50年前まで、ほとんど関心が払われていなかった食物アレルギーですが、今では専門としたいという若い医師も多数おり、関連する研究論文の数も飛躍的に増加しています。今後も新しい診断法、治療法、予防法などが提案され、患者さんとそのご家族のQOL(生活の質)の向上に役立つものと期待されます。

次回は、食物アレルギー管理の今むかしについてお話しします。

海老澤 元宏(えびさわ・もとひろ)先生

1985年東京慈恵医科大学医学部卒業。国立小児病院医療研究センターレジデント、ジョンズ・ホプキンス大学臨床免疫学教室留学を経て、2000年より国立相模原病院小児科医長。現在、国立病院機構相模原病院臨床研究センター長、アレルギー性疾患研究部部長。食物アレルギー研究会世話人代表、日本アレルギー学会/アジア小児アレルギー学会/世界アレルギー機構の3つの理事長も務める。「食物アレルギー診療ガイドライン2021」作成委員長。医学博士。