本文へ移動

食物アレルギー今むかし②(全4回)
食物アレルギー管理の変遷 : 原因食物の「完全除去」から「必要最小限の除去」に!

独立行政法人環境再生保全機構では、「ぜん息予防のためのよくわかる食物アレルギー対応ガイドブック2021改訂版」など、ぜん息を合併していることも多い食物アレルギーに関する冊子、パンフレットを数多くお届けしています。「食物アレルギー今むかし」の第2回では、食物経口負荷試験を日本に定着させた海老澤元宏先生に、食物アレルギー管理の歴史的な変遷や現在標準となっている管理法、今後の展望などについてご説明いただきます。

ポイント!

食物経口負荷試験などを活用して「必要最小限の除去」を!

海老澤 元宏 先生 国立病院機構相模原病院臨床研究センター長
アレルギー性疾患研究部部長
海老澤 元宏 先生

食物経口負荷試験で「安全に食べられる範囲」を正確に診断

「食物アレルギーの診療の手引き2005」「食物アレルギー経口負荷試験ガイドライン2009」などを統合し「食物アレルギー診療ガイドライン2012」にまとめられ、食物アレルギー診療の標準化が進められました。その後も何度か改訂版が発表され、その都度、新しく、より安全で、医学的に信頼できる食物アレルギーの管理法が示されてきました。食物アレルギーの管理は、かつても今も、アレルゲンを正しく診断した上で、原因食物を完全に除去するのが国際標準です。

一方日本では、2000年から厚生労働科学研究費(研究代表者:海老澤元宏)で食物経口負荷試験の全国ネットワークを構築しデータを集め、日本小児アレルギー学会社会保険委員会で全国実態調査が行われ、国の後押しもあり2006年には入院で、2008年からは外来でも、食物経口負荷試験が健康保険で実施できるようになりました。

食物経口負荷試験とは、単回、あるいは複数回、アレルゲンの疑いがある食べ物を摂取してもらい、アレルギー症状が出るかどうかを確認する検査です。原因食物の正確な特定、つまり正しい診断を行って、誤食を防止するとともに、不適切な広範囲の原因食物の除去を是正することなどがその目的です。バランスの取れた栄養が必要な乳幼児期のお子さんに、本来食べられるものまで除去してしまえば、栄養不足を来たしQOL(生活の質)を落とすことにもつながりかねません。

この考えをさらに進めて、たとえ原因食物であっても、食物経口負荷試験などを用いて安全に食べられる範囲を正確に確認し、アレルギー症状を起こさないで食べることが勧められるようになってきました。日本の食物アレルギー管理の考え方は、原因食物の「完全除去」から「必要最小限の除去」へと変わってきたのです。最新の食物アレルギー診療ガイドライン2021では、クリニカルクエスチョンでの推奨において、原因食物を少しずつ安全に食べていくためには、食物経口負荷試験の実施が推奨されると明記されており、このことは国際的な医学雑誌にも論文として掲載されました。日本の食物アレルギー診療は、日本小児科学会の教育研修施設のうち400近くの病院で行われるようになり、食物経口負荷試験の飛躍的な普及により、食物アレルギーで悩む諸外国とは異なる、独自の進化を遂げたのです。

※ クリニカルクエスチョン(Clinical Question):診療ガイドラインの対象となる病気の検査や治療において重要で回答を出すべきだと考えられる課題のこと。

経口免疫療法は「専門医の指導」のもとゆっくり時間をかけて

赤ちゃんの頃に発症した鶏卵/牛乳/小麦などのIgE依存性食物アレルギーの多くは、成長とともに自然に治っていく例が多いです。小学校入学までに約8割程度は寛解する一方、学童期になっても耐性を獲得できない患者さんももちろんいます。なかなか治らない食物アレルギーの患者さんに対しては、10年ほど前から、「経口免疫療法」という研究的な段階の試みが臨床研究として実施されています。

経口免疫療法とは、食物経口負荷試験を実施してアレルギー症状の出ない原因食物の量を確認した後、医師の指導のもと、その原因食物を少しずつ継続して食べながら、徐々にその量を増やしていく治療法です。誤食対策として脱感作状態(原因食物を摂取し続けていれば症状が現れない状態)を最初に目指します。この経口免疫療法は一定の有効性が認められていますが、重症な食物アレルギーの人に対して行いますので、原因食物を食べること自体危険が大きく、摂取後に運動をしたりすると複数の臓器に重大な症状があらわれるアナフィラキシーを起こすこともあります。食物経口負荷試験や経口免疫療法は、経験が十分にあり、食物アレルギー診療を熟知した専門の医師によって、救急対応にも万全を期した上で、ゆっくり時間をかけ、慎重を期して実施されています。

これからも進化し続ける食物アレルギーの管理方法

全世界で多くの医師、医療関係者が食物アレルギーの診療、研究に取り組んでおり、有効で安全な新しい管理法が、今後も登場する可能性は高いでしょう。

2022年からは、IgE抗体の作用を抑制する「生物学的製剤」を食物アレルギーの管理に取り入れようという臨床試験も米国や日本で開始されました。進化し続ける食物アレルギー診療の「今」にぜひこれからもご注目ください。

次回は、食物アレルギーの予防法の変遷をご紹介します。

海老澤 元宏(えびさわ・もとひろ)先生

1985年東京慈恵医科大学医学部卒業。国立小児病院医療研究センターレジデント、ジョンズ・ホプキンス大学臨床免疫学教室留学を経て、2000年より国立相模原病院小児科医長。現在、国立病院機構相模原病院臨床研究センター長、アレルギー性疾患研究部部長。食物アレルギー研究会世話人代表、日本アレルギー学会/アジア小児アレルギー学会/世界アレルギー機構の3つの理事長も務める。「食物アレルギー診療ガイドライン2021」作成委員長。医学博士。