大気環境の情報館

都市・生活型大気汚染(1985年~2000年:昭和60年代~平成10年代前半)

1985年以降、日本の経済状況はさらに大きく変化しました。産業の面では地方分散の傾向がみられ、工業出荷額では大都市圏の占める割合は相対的に低下しました。こうした状況の中で、環境政策の全体的な進展、企業による高度な公害防止技術の導入、省資源・省エネルギーの努力とあいまって、この時期に入ると集中立地型の産業公害は沈静化しました。二酸化硫黄(SO2)濃度の年平均値はさらに下がって、ほぼ0.01ppm(概ね環境基準の1/2)レベルになりました。

しかし、その一方で、改善ないし横這いの傾向にあった窒素酸化物による大気汚染については、1985年以降になって環境基準達成状況の悪化が明らかとなりました。平成10年度においてもなお、全国の自動車排出ガス測定局の3割以上については、環境基準の上限(0.06ppm)を超過する状況にあります。また、浮遊粒子状物質(SPM)による大気汚染についても、環境基準達成率は依然として低い水準で推移しています。

都市・生活型大気汚染は、産業型のものに比べ、その影響が顕在化しにくく、慢性的な汚染状態が続くという特徴があります。また、産業型の大気汚染においては、原因者と被害者との区別がされていましたが、都市・生活型大気汚染では、個々人が原因者であり、被害者になり得るという関係にあります。その克服には、個々人の消費や生活パターンの変革が必要となります。

このような大気汚染の状況の変化により、大気汚染が慢性気管支炎などの健康被害の主たる原因とは考えられなくなったことを踏まえ、1987年に「公害健康被害補償法」が改正され、88年には、著しい大気汚染の影響により慢性気管支炎などが多発しているとして指定してきた地域はすべて解除されました。その結果、それまで指定されてきた地域では、新規の患者認定は行わなくなりましたが、これらの地域などにおいて、そのような健康被害を予防するための事業が公健協会内に設けられた基金により実施されることになりました。

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