ぜん息などの情報館

1-2 粒子状物質による生体影響評価手法の開発に関する研究

代表者:内山 巌雄

研究の目的

近年、人の社会的移動が多く、各個人の曝露量を地域(住居地)のみで比較することは不十分であり、個人に対応した曝露モニタリングが必要でありそれを用いた影響評価が重要である。また粒子状物質の生体影響を分子レベルでとらえ、より適切なバイオマーカーが得られれば、予防対策に重要な役割を果たすことが期待される。そこでこれらの目的を達成するために小課題を2つ設けた。

小課題1では、粒子状物質を含む汚染物質の個人曝露量の測定とバイオマーカーの開発、生体内取り込み量の測定などを行い、個人曝露量の評価をより総合的に評価する。また、個人曝露量と呼吸器・循環器疾患患者の自覚・他覚症状の変化との関連を評価する。

小課題2では、粒子状物質特にディーゼル由来粒子状物質(diesel exhaust particles,DEP)の吸入が呼吸器系に及ぼす影響を遺伝子レベルで包括的にとらえることを目的に、以下の研究を進める。ラットの系では、DEPに曝露した肺細胞における遺伝子発現の変化を、ラットcDNAアレーを用いて検索し、見いだされた変化がノーザンブロット法でも検出されるかを検討する。マウスの系では、DEPの吸入によってもたらされる変化を、時間を追って組織学的に検討するとともに、炎症性反応に重要な各種サイトカインと、その発現制御に関与する転写因子系について検討を加える。

3年間の研究成果

小課題1では、粒子状物質の個人曝露量をリアルタイムに計測する手法として粒子付着多環芳香族炭化水素(PPAH)を測定するPPAH個人サンプラーを用いて、PPAHが相対的なDEP曝露量の指標となること、PPAH濃度が道路沿道からの水平、鉛直距離により減衰すること、PPAH濃度と心拍変動スペクトル分析から得られた自律神経機能の活動との関連から、運動時にはPPAH曝露が、自律神経バランスを修飾する可能性が示唆されることが判明した。

また、大気汚染物質のバイオマーカーとしてはピレン個人曝露量と1-hydroxypyrene 排泄量との関係を除き、PM2.5、ピレンおよびナフタレンの個人曝露量と1-hydroxypyreneあるいは2-hydroxynaphthalene尿中排泄量との間には有意な相関関係は認められなかった。リコンビナントヒトチトクロム P450 isoformを用いた検討から、ピレンから1-hydroxypyreneへの代謝は、主としてCYP1A1、CYP1B1、CYP1A2によって行われると考えられた。さらに、ホルムアルデヒドのヘモグロビン付加体量を計測する手法を確立し、予備的測定を行い、HCHO量はヒトにより約5倍の差が認められたが、さらに検討する必要がある。

汚染物質の環境中濃度の測定では、浮遊粒子状物質は、どの季節も1.1~2.1μmを境に二峰性を有し、PM2.5/PM10は45~80%であること、PAHs濃度は2.1~3.2μm以下の粒子に90%以上含有することが確認された。また、浮遊粉じん中の元素分析手法を確立し、測定した結果、元素の粒径は元素により特性が異なり、金属濃度は冬から春にかけて高値を示すことが認められた。

小課題2のcDNA Expression Arrayとプロテオーム解析を用いたラット肺胞マクロファージ及び肺胞上皮細胞での研究は、大気汚染物質等の毒性物質に対する包括的な曝露指標を見いだす上で非常に有用である。また、この評価手法と影響指標を確定することで、実験の簡略化に伴い迅速な毒性評価を行うことが可能となる。

また、マウスの実験系ではなるべくヒトでありうる低濃度条件下で、比較的長期間の吸入曝露の影響を組織学的のみならずサイトカイン遺伝子発現レベルでとらえることができた。3年間の研究で、以上の条件下で組織学的変化が起こるよりもより早期かつ機能的な段階での変化を評価できたと考えられる。また、遺伝的背景の差による反応性の相違も観察され、大気汚染に認められる個体差を追及する手がかりとなるものと期待される。このような二つの異なるアプローチによって、大気中粒子状物質によって惹起される呼吸器系での変化を、サイトカインをはじめとする遺伝子レベルでの変化として動的にかつ包括的にとらえることができ、適切な暴露指標を見いだせる可能性がある。これらの成果により、従来の急性曝露での影響やin vitroでの実験成果を、より的確にヒトへ外挿するためのデータを充実させ、呼吸器健康被害の予防策に理論的かつより適切な根拠を与えるものとなりうる。

以上のように中課題としては、実験的研究からは細胞・免疫学的アプローチによる大気汚染物質の早期の影響指標の開発、疫学的研究からは、個人曝露濃度やバイオマーカーの影響指標としての可能性が指摘できたと考えられ、今後さらにこれらを発展させる必要があると考える。

評価結果

粒子付着多環芳香族炭化水素(PPAH)の濃度はディーゼル車の通行量に依存し、PPAH曝露が自律神経バランスを修飾する可能性が示唆されたことは興味深い。生体に影響を及ぼす粒子状物質のヒトにおける検討は有用性が高い。ラット/マウスへの長期間DEP吸入実験はin vitroとin vivoの成績の一部で相同性を示しており、今後の研究に示唆を与える等の評価を受けた。一方、動物実験を用いたDEPの曝露実験の結果が、ヒトにどの程度外挿しうるのか、今後に残された課題であるとの指摘を受けた。

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