近年、地震や台風、大雨などによる大規模な自然災害が相次ぎ、避難生活を余儀なくされることも増えています。健康な方でも心労が重なる避難生活ですが、ぜん息やCOPD、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎の方にとって、避難先での集団生活はいっそう心身の負担を大きくしますし、持病の悪化も心配されます。
今年は東日本大震災から10年。今回の特集は、アレルギー疾患やCOPDの方の災害対策をまとめてみました。事前に準備すべきものは何か。避難生活では何に注意し、どう過ごせばよいか。避難先ではどのような支援を得られるのか。
避難生活は1週間、1カ月間と長期にわたることもありえます。事前に家族でも相談し、十分な備えをしておきましょう。
自然災害の多い日本。災害とそれに伴う避難生活では、想定外のことが起きがちです。災害の起きる前にできることのひとつに、事前の避難準備があります。災害に備えて基本の防災グッズを用意しましょう。お薬手帳や病気に関するメモ類などの必要な準備はアレルギー疾患でもCOPDでも共通しています。ここでは基本の準備と疾患別の備品や対策(COPDの方はこちら)を紹介します。それぞれの疾患に合わせた十分な準備や心構えが大切です。ぜひチェックしてみてください。
災害の避難時には、健康な方でも心労が重なります。ぜん息などのアレルギー疾患の方は、いっそう心身の負担が大きくなるでしょう。持病の悪化を招かないためにも、日ごろから体調を良好な状態に保つよう自己管理が大切です。避難生活では十分なケアを受けられるとは限りません。自分のことは自分で解決できるよう日ごろから心掛けておくことも必要です。
かかりつけ医だけでなく、災害時に頼れる最寄りの医療機関も複数見つけておきましょう。厚生労働省のホームページでは災害拠点病院が確認できます。
また、日本呼吸器学会など各学会のホームページには認定施設や専門医の一覧が掲載されていて、医療機関を見つけるための参考になります。自宅以外での被災も想定し、学校や勤務先周辺の医療機関も調べておきましょう。
家族とよく話し合い、避難先、
連絡先などの確認も忘れずに
あるいはスマホで写真に収めておいてもOK
薬が新しくなる度にアップデートも忘れずに
お子さんの氏名、住所、電話番号、保護者氏名、緊急時連絡先、かかりつけの医療機関連絡先、アレルギー疾患名や緊急時の対応などを記入するカード。
●飲料水 3日~1週間分 ●非常食※ 1週間分 ●貴重品 ●救急用品 ●ヘルメット ●防災ずきん ●マスク ●消毒液 ●軍手 ●懐中電灯 ● 携帯ラジオ ●予備電池 ●携帯電話の充電器 ●衣類 ●下着 ●タオル など
※アルファ米、ビスケット、板チョコ、乾パンなど
小さいお子さんがいる方は、子ども用の「自分セット」を用意することをおすすめします。「お薬手帳」は手帳のコピー、あるいはスマホで写真に収めておくのもよいでしょう。また、病名・病歴・かかりつけ医などを書いたメモを用意しておくと便利です。乳幼児のための哺乳瓶やアレルギー対応の粉ミルクなども忘れずに。
かかりつけ医に相談しアクションプランを作成しておこう
日ごろからスキンケアで肌の調子を整えておこう
どれくらい支援があるかわからないためアレルギー対応食を用意しておこう
「ローリングストック」とは、普段の食品を少し多めに買い置きをし、賞味期限の古いものから順番に消費して、その分を買い足すことで、常に一定量の食品の備蓄を保つ方法です。普段の買い物の範囲で備蓄を維持することができます。
アレルギー疾患の方は、見た目ではその病気がわからず、周囲に理解してもらえないことがあります。避難生活で症状が悪化する傾向があることも報告されています(グラフ1・2)。
避難所に着いたら、自分にどういうアレルギー疾患があり、どんな注意が必要か、避難所を運営する担当者などに伝えましょう。恥ずかしがらず思い切って表示カードやビブスを使うようにしましょう。混乱時もわかりやすく、周囲も配慮しやすいです。気になることがあれば、災害派遣の医師団がきたときに受診しましょう。
昨今、新型コロナウイルス感染症が蔓延しています。避難所での生活は集団生活なので、手指衛生、マスク着用、咳エチケットの徹底などいっそうの感染予防策を心掛けてください。
集団生活により感染症の感染リスクもあがります。しっかり対策しましょう。(対策方法はこちら)
あらかじめスペーサーも用意し、 特に小さい子どもは普段から吸入 の練習をしておくことをおすすめします。携帯できる電池で動くタ イプの小型ネブライザーがあると、震災時だけでなく、日常で旅行 に行きたいと思ったときにも使えるので汎用性も高いです。
夏なら、保冷剤や扇子が役立ちます。冬は、包帯を使うと、着替えができないとき部分的に清潔を保てます。
支援物資のなかにアレルギー対応食やアレルギー対応ミルクなどがあれば、地方公共団体の担当者に支援をお願いしましょう。粉ミルクはお湯も必要なので分けてもらえるように頼むことも必要です。
また、アレルギー疾患の子どもたちを対象に、災害への備えや避難所生活について書かれたパンフレットが、各学会のホームページからダウンロードできます。ぜひ参考にしてください。
避難生活が長期化すると、疲労やストレスでアレルギー症状が悪化したり、治まっていた症状が再発することもあります。大人にも子どもにも影響は出ますので、気分転換や適度な運動を心掛けましょう。
避難所は必ずしも万全な環境ではありません。避難の長期化に伴い、仮設住宅に移ることもありますが、仮設住宅への入居には注意が必要です。カビや結露、ホコリなどによる症状の増悪が懸念されます。また、新築の場合、建材や塗料に含まれる化学物質による影響も心配です。こまめな換気や清掃、湿度管理を行ってください。
避難所で薬が少なくなってきたら、早目に地方公共団体の担当者に伝え、医師に処方してもらえるよう支援をお願いしましょう。アトピー性皮膚炎が悪化するときは、外用薬の見直しが必要なときもあります。
避難の長期化による疲労や、環境変化によるストレスは、アレルギー疾患の悪化要因となります。遊びや運動で解消したくても、がれきなどが散乱する災害時には危険も伴います。道具もいらずその場でできる体操が役立つかもしれません。今号では呼吸筋ストレッチ体操をこちらで紹介しています。参考にしてください。
2016年9月発行の「すこやかライフNo.48」では、同年4月に発生した熊本地震での実体験をもとにした教訓を掲載しています。たとえば、水について。
飲用、調理、スキンケアに不可欠な水ですが、災害現場では大変貴重なものになります。誌面では、無洗米の用意や、ラップを紙皿に敷き、その都度ラップを捨てることで、衛生面と水の節約を両立できる工夫が紹介されています。
水の入手は、自衛隊や地方公共団体の給水車が来る避難所にいたほうが容易だったこと、給水袋は必要以上に水が出やすく使いにくいのでポリタンクは絶対に必要、などといった被災者の意見が紹介されています。
災害の長期化を想定し、災害現場で役立つ知恵を身につけましょう。
ここでは、COPDの方へ向けた災害対策を紹介します。基本の防災の備えは、アレルギー疾患の方と大きく変わりません。避難生活では、COPDの症状を悪化させる感染症に最大限の注意が必要です。
まず必要なのは自分の情報です。最低限「病名・薬の名前・アレルギーの有無」の3つをお薬手帳などに記しておきましょう。スマホで撮影しておくのもおすすめです。
お薬は1週間分を目安に用意しましょう。災害発生時、自宅にいるとは限りません。勤務先などにも保管しておくと安心です。嚥下に不安がある方は食料備蓄のなかに『とろみ食」も用意し、避難所での食事に備えることをおすすめします。
最寄りの基幹病院の場所も確認し、HOT(在宅酸素療法)を使用している人はメーカーサポートも把握しておきましょう。
避難所には、多くの人々がやってきます。そのためCOPDの増悪要因となる感染症リスクも必然的にあがります。可能な限り密を避け、うがい・手洗い・マスク着用を徹底しましょう。
また避難所に入ったらすぐに、事前に準備した自分の情報も地方公共団体の担当者へ伝えること。
HOTを使用している人は、避難所ではなく、設備の整っている病院を避難先にしましょう。その際の病院は、事前にかかりつけ医に確認することも大切です。
大規模災害では、避難所生活が長期化することも考えられます。運動量が低下し、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)などの危険性も出てきます。できるだけ体を動かすことを心掛けましょう。
長期化でストレスも溜まり、具合が悪くなることも。その際は無理や我慢をせず、避難所の担当者や保健師にすぐに伝えましょう。被災地域外に住む親戚、友人の家やホテルなどへ一時避難することも有効です。
2019年9月の台風15号では、千葉県で長期にわたる停電が発生しました。
気温が高いなか、冷蔵庫や工アコンなどが機能しないということは、想像以上に辛いものです。災害は、そういった「想定外」があって当たり前なのです。医療機関や地方公共団体の庁舎も被災しますし、正常な機能を取り戻すのに時間がかかることも大いに考えられます。
それらを念頭におき、災害時こそ冷静に、デマに惑わされず正しい情報を得て、秩序ある行動をすることが大切です。
最低限、自分の身は自分で守れるよう準備し、臨機応変に対応できるように心掛けましょう。
想定外のことが起こる自然災害には、100%備えることはできません。しかし、自分や家族の身を守るためにできる最善の対策で備えておくことはできます。かかりつけ医にも相談し、ぜん息の方なら長期管理薬でコントロール良好な状態に保ち、アトピー性皮膚炎の方ならスキンケアを怠らないなど、日常生活での備えが重要です。
その上で、今回の特集や、紹介したパンフレットなども参考に、事前の備えや避難所で注意すべきことを確認しておきましょう。自分の身は自分で守る自助を意識し、同時に日ごろから協力し合える仲間を増やし共助の輪を広げておくことも大切です。
厚生労働省健康局
がん・疾病対策課
課長補佐医学博士
伊藤 靖典 さん
厚生労働省の災害に関連した業務は、保健医療や福祉、生活衛生など多岐にわたり、災害時にはDMAT(災害派遣医療チーム)、DHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)が地方公共団体と連携して活動しています。災害時のアレルギー疾患対策としては、避難所でアナフィラキシーが発生した場合の迅速な対応について注意喚起を行うなどの業務を担っています。
災害時のアレルギー疾患対策に関する情報提供については、アレルギー疾患に関する正しい情報をお伝えするWEBサイト「アレルギーポータル」を開設しており、災害時に役立つアレルギー疾患への対応法などの学会のパンフレット、アレルギー疾患医療拠点病院の情報などを集約しており、幅広く役立つものとなっています。
厚生労働省が様々な取り組みを推進する中で、非常に重要としているのが、各専門機関や学会との連携です。過去には、災害時に情報伝達が錯綜し、適切な対応が滞ってしまったケースもありました。そのため、2020年から、厚生労働省科学研究「大規模災害におけるアレルギー疾患患者の問題の把握とその解決に向けた研究」がスタートしました。この研究にはアレルギー専門医やDMAT、患者会、看護師、薬剤師、日本栄養士会、保健所など多職種が関わって取り組んでおり、災害時に役立つツールや連携システムの構築等を目標に掲げています。
災害時のアレルギー疾患に関する窓口を一本化し、災害現場でのアレルギー疾患に関する相談などをスムーズに情報収集し、発信が可能になる環境の整備を目指します。
人口約154万人を抱える神奈川県川崎市では、2019年の台風19号により、3万人を超える人が158カ所の避難所へ避難するという大規模な水害が発生しました。
停電は2万件以上、住家被害は累計2千8百件にも及んだのです。
台風接近に伴い市内各区では、把握している災害時要援護者(高齢者・障害者・在宅療養者・子ども・妊産婦・外国人等)が逃げ遅れないよう、親類・知人宅への事前避難を提案するなど、関係機関と連携して安全確保のための支援を行いました。
災害対応においては、年齢・病状・支援者の有無など、個々の状況に応じた支援が準備段階から求められます。ぜん息療養中の高齢者世帯や病状の重い方とは、停電に備えたHOTやネブライザーの使用確認、薬の確保、お薬手帳など避難時に持ち出す物の確認などを行いました。
発災後、安否確認を進める中で浸水被害のあった区では、関係機関等から被災状況や相談状況に関する情報を集める一方、家庭訪問による健康調査を行うなどのアウトリーチ活動を行いました。また、被災の疲れが出るころには健康ニーズを踏まえた健康相談を開催するなど、二次的健康被害や災害関連死の防止に努めました。
川崎市ではこの経験から、自助力向上と疾患理解の推進を重要視し、日ごろからの積極的な情報提供、関係機関等と共に行う知識普及活動、講演会を通し顔の見える関係の推進などに取り組んでいます。
なお各ご家庭では、お住まいの地方公共団体のハザードマップをもとに、マイ・タイムラインのご準備もお忘れなく!
【マイ・タイムラインとは】
大雨や台風などの風水害に備え、命を守る避難行動がとれるよう、自分や家族の生活状況などを踏まえながら家庭で作成する避難計画のこと。
詳細は、お住まいの地方公共団体や、国土交通省のホームページで確認してみましょう!
災害時にはまず自分を守ることを第一に、その上で周りの仲間と協力し合ってお互いを守っていけるようにしましょう。
みうら・かつし/1991年東北大学医学部卒業。2015年より現職。日本アレルギー学会代議員、日本小児アレルギー学会理事、日本小児臨床アレルギー学会理事。
避難所でCOPDの方が最も注意したいのが感染症対策です。そして、よく体を動かすことを心掛けていただきたいと思います。
かねこ・のりひろ/1988年昭和大学医学部卒業。日本呼吸器学会専門医・指導医、日本呼吸器内視鏡学会気管支鏡専門医・指導医、日本アレルギー学会専門医・指導医(内科)。