ぜん息などの情報館

3-2 生活環境中の汚染物質の曝露量の把握に関する研究

内山 巌雄(国立公衆衛生院部長)

研究の目的

生活環境中の汚染物質による健康影響は、従来型の大気汚染物質による呼吸器疾患の他に、微小粒子状物質と循環器疾患との関連、発がん性化学物質による発がん、さらに内分泌攪乱化学物質問題も指摘されている。

これらの汚染物質による人の健康影響評価をする際に、曝露評価が重要であるが、これまでは大気中濃度を代用してきた。しかし個人の正確な曝露評価を行うためには、理想的には生物学的曝露マーカー(バイオマーカー)等を用いて評価を行う必要があるが、現在までに低濃度曝露に有効なバイオマーカーは確立されていない。

また粒径が2.5μm以下の微小粒子状物質については影響の予測評価や正確な肺内沈着量の把握も行われていない。

本研究では、これらの問題を解決することを目的とし、曝露影響評価の新たな手法の開発、バイオマーカーの妥当性の検討、個人曝露量との関連など、小課題を3つ設けて検討を行った。

3年間の研究成果

小課題1は粒子状物質を中心に健康への影響を予測、評価するためのモデルを作成し、健康影響モニタリングシステムへの導入を検討した。

簡便な影響評価手法として、皮内反応と気管内投与による血管透過性の反応は、高い濃度では良い相関が認められ、ある程度の予測評価が可能なことが確認された。

包括的な影響指標の開発では、ラットの肺胞マクロファージにおいて粒子状物質を曝露した際に特異的に強く発現するmRNAを同定し、都市大気粒子を曝露すると、用量依存的に発現上昇がみられることが明らかとなった。

小課題2では剖検試料等を用いて、肺内の粒子状物質、化学物質等の沈着量と曝露量を検討した。

ヒト剖検肺93例を用いて、沈着総粉じん量、炭素粒子量、灰分量、多環芳香族炭化水素(PAH)量を測定し、相互関係、生活歴等について検討した。肺内の沈着成分量は個人差があり、男性は女性より高い傾向があり、製鉄関連従業者は専業主婦より高い濃度レベルであることを認めた。

金属分析では18元素を検出し、Ca、Fe、Mg、Alが比較的多く含まれていることが認められた。また現在の北九州市のNO2・揮発性有機化合物の個人曝露濃度、浮遊粒子状物質濃度を測定し、PM2.5μm以下、PM2.5~10μm濃度と化学種の特性について検討を行った。

剖検肺によって得られた粒子状物質や化学物質の肺内沈着量は、北九州市では作業歴が重要な要因であることが示唆された。

また、ガス状物質の諸要因を考慮した基本シミュレーション式を用いて対象動物及びガスの組み合わせによる生体内動態を求めた結果、汚染物質の動態の種差を視覚的及び数値の上で示すことができた。

小課題3は、粒子状物質、ガス状物質の個人曝露量とバイオマーカーの開発と妥当性を中心に行った。

バイオマーカーとして HPLCを用いた尿中 1-pyrenol および2-naphthol の簡便な測定法を確立し、その有用性について検討した。1-pyrenol および2-naphthol ともに暖房器具使用レベルの室内汚染でその尿中濃度が上昇し、生物学的曝露マーカーとして有用であると考えた。

しかし、尿中 1-pyrenol は食事の影響を受けること、暖房器具使用時には2-naphthol の方がより高くなる傾向があることなどが判った。

またオキシダントストレスの指標として尿中のイソプラスタン量の測定法を確立し喫煙者と非喫煙者との比較を行った。喫煙者の方が有意に尿中イソプラスタン量が高く、イソプラスタン量と関連因子を検討したが喫煙のみが有意であった。現在大気中PAH曝露量との関連を検討中である。

新たに開発された微小粒子に付着したPAH(PPAH)の個人サンプラーを用いて、基礎的調査を行った。

バックグラウンド濃度は新島の調査でほぼ5ng/m3と推定された。屋外では走行中の自家用車内>道路沿道>道路後背地>屋内であり、自動車特にディーゼル車由来の寄与率が高いことが推測された。

PM2.5との相関は、自動車沿道などのPAH発生源の近くではよく相関するが、場所により大きく異なることもあった。

以上より、中課題全体としては、いくつかのバイオマーカーや特異的遺伝子発現の利用可能性が示唆出来たこと、また汚染物質の肺内沈着量が過去の曝露歴に大きく左右されること、新たなPPAH個人サンプラーの有用性が指摘できたことにより、さらにこれらの調査研究を継続することにより、より実用性の高い成果が得られると確信している。

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