アスベスト(石綿)とは?

石綿(アスベスト)関連疾患

石綿健康被害救済制度の対象となる疾病は、中皮腫石綿による肺がん石綿肺及びびまん性胸膜肥厚です。(石綿肺、びまん性胸膜肥厚については、著しい呼吸機能障害を伴うものが救済対象です。)

このうち、中皮腫、石綿肺は石綿ばく露の特異性が高い疾患です。また石綿ばく露の医学的所見として重要な胸膜プラーク(肥厚斑)も石綿ばく露の特異性が高い所見です。一方、肺がんやびまん性胸膜肥厚は石綿以外の原因でも生じるため、石綿ばく露の特異性が低くなります。特に、肺がんでは喫煙は重要な危険因子です。

石綿関連疾患は石綿ばく露開始から発症までの潜伏期間が長いことが特徴です。石綿肺、肺がん、中皮腫、胸膜プラークと石綿粉じんばく露量、潜伏期間との関係については、1970年代にはすでに下の図のように、胸膜プラークや中皮腫は石綿肺や肺がんよりも低濃度のばく露で発症することがすでに知られていました。

石綿によって起こる主な疾患と部位 石綿粉じんのばく露量と潜伏期間  (Bohlig 1975を改変)

1. 中皮腫

中皮腫は、肺を取り囲む胸膜、肝臓や胃などの臓器を囲む腹膜、心臓及び大血管の起始部を覆う心膜、精巣鞘膜にできる悪性の腫瘍です。発症頻度は胸膜原発のものが最も多く全中皮腫の 90%前後、次いで腹膜の10 %前後であり、心膜や精巣鞘膜の中皮腫は非常にまれです。組織学的に上皮様、二相性、肉腫様、線維形成性に分類され、頻度もこの順に多く、上皮様の占める割合は50 ~ 70 %、二相性は10 ~ 20 %です。喫煙と中皮腫発症との関連はみられません。

石綿ばく露との関連
胸膜中皮腫の男性例では80 ~ 90%に石綿ばく露歴がありますが、女性の場合には石綿ばく露歴のある割合は男性に比べて低いことが知られています。潜伏期間(初めての石綿ばく露から発症までの期間)は40 ~ 50年と非常に長く、20年以下は非常に少なく、10年未満の例はありません。胸膜中皮腫の発生の危険は石綿の累積ばく露量が多いほど高くなります。しかし、石綿肺、肺がんより低濃度のばく露でも危険性はあり、職業的なばく露だけでなく、家庭内ばく露、近隣ばく露による発症もあります。
 腹膜中皮腫の場合には、男性例では高濃度ばく露や角閃石族石綿(青石綿、茶石綿)のばく露が多いことが知られています。他方、石綿ばく露歴がわからない割合は胸膜中皮腫に比べて多く、40%前後といわれています。女性の腹膜中皮腫では石綿ばく露歴が判る場合は25%以下ともいわれています。
石綿ばく露以外の原因
石綿と類似の天然鉱物繊維であるエリオナイトは中皮腫を発症させることが知られています。トルコやアメリカで報告例があります。
リンパ腫、ウィルムス腫瘍、前立腺がん等の放射線治療後に中皮腫が発症することも知られるようになりましたが、そのような事例は非常に小さいとされています。
症状
胸膜中皮腫では、息切れ、胸痛が多くみられますが、症状がなく胸部エックス線検査で胸水貯留を偶然発見されることもあります。そのほか、咳、発熱、全身倦怠感、体重減少などもみられます。
腹膜中皮腫では、腹痛、腹部膨満感、腹水貯留などがみられます。
診断
胸部エックス線、胸・腹部CTなどの画像検査、胸水や腹水の穿刺による細胞診断、胸腔鏡や腹腔鏡等による病理組織診断が行われます。診断の確定には病理組織診断が必須ですが、診断は必ずしも容易ではなく、免疫組織(細胞)化学的染色※などにより、肺末梢部に発生する腺がんや非腫瘍性の胸膜炎などとの鑑別を要します。
  1. ※免疫組織(細胞)化学的染色:組織や細胞構成成分に対する特異的な抗体を標識抗体により認識し、対応する抗原の局在や組織構成成分を解析する手法。あるがんに特異的に発現している抗原を検出することで、他のがんとの鑑別が可能となる。中皮腫の陽性マーカーとしてcalretinin, WT1, Podoplanin(D2-40), cytokeratin(CAM5.2, AE1/AE3)が、陰性マーカーとしてCEA, Claudin 4, TTF-1 がよく知られており、これらを含めその他様々なマーカーを組み合わせて診断に用いられています。
治療・予後
上皮様胸膜中皮腫は胸膜切除/肺剥皮術(P/D)等の外科療法や、抗悪性腫瘍薬(免疫チェックポイント阻害薬を含む)による治療により、長期の生存が期待されるようになってきました。
 化学療法(抗がん剤)はシスプラチンとペメトレキセド(商品名アリムタ)の併用療法が標準治療ですが、2018年8月からは分子標的薬の一種である免疫チェックポイント阻害剤のニボルマブ(商品名オプジーボ)が一定の条件下で使用可能になっています。またこのニボルマブとイピリムマブの併用療法やその他の種々の治験(ヒトでの効果と安全性を調べる臨床試験)が色々な医療施設で取り組まれています。
 腹膜中皮腫についても、腹膜切除術(CRS)と術中腹腔内温熱化学療法(HIPEC)により、以前よりも予後は改善されてきています。

中皮腫についての詳細は、中皮腫とは~診断・治療から公的制度まで~をご覧ください。


2. 肺がん(原発性肺がん)

原発性肺がんは気管支あるいは肺胞を覆う上皮に発生する悪性の腫瘍です。中皮腫と異なり、喫煙をはじめとして石綿以外の多くの原因でも発生します。

石綿ばく露との関連
石綿ばく露から肺がん発症までの潜伏期間の多くは30 ~ 40年程度と長くなっています。石綿の累積ばく露量が多いほど肺がんになる危険が高くなることが知られています。石綿のばく露濃度とばく露年数をかけた値が25 ~ 100繊維/ml×年※となる累積ばく露量で肺がんの危険は2倍に増加するとされています。

※大気中石綿濃度が1繊維/mlの職場に25年間(週40時間)働いた場合に25繊維/ml×年の累積ばく露量があったとする考え方

肺がん発生の最大の要因は喫煙ですが、石綿と喫煙の両方のばく露を受けると、肺がんの危険性は相加~相乗的に高くなることが知られています。喫煙しない人の肺がんの危険性を1とすると、喫煙者は10倍、石綿ばく露者は5倍、喫煙をする石綿ばく露者は約50倍とする報告が有名です。この調査対象者は1966年当時の断熱作業者で非常に高濃度ばく露者でした。1983 ~ 1985年に在籍していた断熱作業者では、非喫煙の石綿ばく露者の肺がんリスクは5.2倍、断熱作業者でない喫煙者の肺がんリスクは10.3倍、断熱作業者の喫煙者の肺がんリスクは28.4倍であり、タバコと石綿の共同効果は相加作用を示し、石綿肺の所見のある者に限ると、相加作用を上回る結果でした。いずれにせよ、将来の肺がん発生の危険性を減らすためには、禁煙することが非常に大切です。

症状
臨床的に咳、痰、血痰といった症状がよくみられますが、無症状で胸部エックス線や胸部CT 検査の異常として発見される例も存在します。
診断
"原発性"肺がんとは、肺の気管・気管支・肺胞の一部の細胞ががん化したものをいいます。他臓器から肺に転移してあらたながん病巣が作られたがんを"転移性(続発性)"肺がんと呼びます。乳がん、肝臓がん、胃がん、食道がん、腎がんなどは、肺に転移することがしばしばあります。
救済法の対象とする肺がんは"原発性"肺がんで、転移性肺がんと鑑別が必要なことがしばしばあります。石綿ばく露によって生じる肺がんには、発生部位や病理組織型(腺がん、扁平上皮がん、小細胞がんなど)の特徴はありません。石綿ばく露が原因である肺がんの診断には、比較的高濃度の石綿ばく露作業歴のほかに、じん肺法で定められた1型以上と同様の肺線維化所見(いわゆる不整形陰影)、広範囲な胸膜プラーク、肺内の石綿小体(乾燥重量肺1g当り5,000本以上)などの医学的所見が参考になります。
治療
外科療法、放射線療法、薬物療法(化学療法、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害剤)、支持療法(緩和ケアを含む)があります。胸腔鏡手術を肺がんに対する根治的な手術に応用し、高齢者や呼吸機能障害を合併する患者さんに対しても安全にかつ低侵襲な治療が行えるようになっています。またこの手術の際に切除された肺組織の一部を用いて、肺内の石綿小体(p18参照)濃度を測定することにより、労災・救済の対象になる場合があります。
最近の薬物療法では、副作用に対する予防法や対策が進歩していることもあり、外来通院しながら治療を受けることが多くなっています。放射線治療も技術進歩に伴い、定位放射線療法や重粒子線治療も行われるようになってきています。

3. 石綿肺

石綿肺は、石綿を大量に吸入することにより、肺が線維化する「じん肺」という病気の一つです。

肺の線維化が徐々に進行し、酸素-炭酸ガスの交換を行う機能が損なわれるため、呼吸困難が生じます。肺の線維化を起こすものとしては石綿以外の鉱物性粉じんをはじめ様々な原因や原因不明も多くありますが、石綿のばく露によっておきた肺線維症を特に石綿肺とよんで区別しています。

石綿ばく露との関連
石綿を大量に長期間吸入ばく露した労働者に起こります。 1970年代後半以降の種々の石綿規制により、このような機会は減少し、現在では新規の石綿肺の発症はほぼなくなりつつあります。累積石綿ばく露量が25繊維/ml ×年以上ないと石綿肺は発症しないと言われています。
診断
石綿肺を診断するためには、胸部エックス線画像の両側下肺野(肺の下部)の線状影を主とする不整形陰影の所見と、大量の石綿ばく露歴が必須です。胸膜プラークの存在は、石綿の大量ばく露の証明にはなりません。重喫煙者に良く見られる、気腫合併肺線維症(気腫は上肺野に、肺線維症は下肺野に見られる)との鑑別が必要です。軽度の石綿肺の診断には胸部 HR(高分解能) / TS(薄層)CT検査が有用なことがありますが、一時点だけの画像のみで石綿肺と診断することはできません。軽度の石綿肺が2 ~ 5年で急激に悪化することはなく、経過を追うことが出来る画像を比較検討することにより、特発性間質性肺炎等との鑑別が可能になる場合があります。
治療
咳、痰に対する鎮咳剤や去痰剤による薬物療法、慢性呼吸不全に対する在宅酸素療法(HOT)などの対症療法を行います。ステロイド療法は効果がありません。

4. びまん性胸膜肥厚

びまん性胸膜肥厚は、臓側胸膜(肺を覆う膜)の慢性線維性胸膜炎の状態であり、通常は壁側胸膜(胸壁を覆う膜)にも病変が及んで両者が癒着していることがほとんどです。胸膜プラークと異なり、びまん性胸膜肥厚は結核性胸膜炎、放射線や開胸術後など石綿以外の様々な原因によっても生じます。

石綿ばく露との関連
後述する良性石綿胸水と同様に比較的高濃度の石綿の累積ばく露により発症すると考えられています。潜伏期間は高濃度ばく露群で30年、それよりも少し低い群で40年という報告があります。職業性ばく露によるびまん性胸膜肥厚症例での石綿ばく露期間は3年以上の例がほとんどです。
診断
胸部エックス線画像(正面像)で、側胸部のびまん性(非限局性)の肥厚像の広がりが頭尾方向に、片側の場合は胸部エックス線画像で側胸壁の1/2以上、両側の場合は側胸壁の1/4以上がひとつの目安となります。ほとんどの例で肋横角の消失がみられます。胸部CT画像では胸膜プラークも見つかることが多く、胸部CT画像は診断と鑑別に欠かせません。
症状・経過
呼吸困難、反復性の胸痛、反復性の呼吸器感染等がみられます。石綿ばく露に関連するびまん性胸膜肥厚は、石綿肺に合併したり、良性石綿胸水の後遺症として生じることが多いとされています。
治療・予後
現在のところ特別な治療法はありません。徐々に呼吸機能障害が進行していき、慢性呼吸不全になった場合には在宅酸素療法(HOT)等を行います。

<参考> 良性石綿胸水(救済給付の対象外)

胸水とは胸腔内に体液が貯留することであり、石綿以外の様々な原因によっても生じます。とくに、石綿粉じんを吸入することによって、胸腔内に胸膜炎による滲出液(胸水)が生じる場合を良性石綿胸水と呼びます。

良性石綿胸水は胸水の消失とともに治癒する疾患なので、石綿救済給付の対象疾病とはなっていません。しかし、まれに胸水がひかずに被包化され、そのために呼吸機能障害が残る場合があります。

石綿ばく露との関連
比較的高濃度の石綿粉じんを吸入することによって生じ、発症までの潜伏期間は15年以内のこともありますが、平均40年と他の石綿疾患同様に長い傾向が見られます。
症状
呼吸困難や胸痛といった自覚症状で気づくこともあれば、自覚症状がなく、胸部エックス線検査で見つかることもあります。
診断
悪性腫瘍や結核などのほかに胸水の原因となる疾患が見当たらず、石綿ばく露歴があること、臨床的に胸部エックス線検査や胸腔穿刺により胸水が証明されることで診断されます。確定診断には他の原因を除外する必要があるため、胸水の性状・生化学検査、細胞診等の検査は必須です。穿刺ができない程度にまで胸水が減少する前に調べる必要があります。
治療・予後
胸水の持続期間は平均3~6ヶ月で、約半数は自然に消失します。治療としては胸腔穿刺による胸水排出やステロイド剤の投与が行われます。中には何度も繰り返すことによりびまん性胸膜肥厚が生じ、呼吸機能障害をきたすことがあります。特に早期の中皮腫の発症による胸水との鑑別が困難なことがあり、定期的な経過観察が重要です。
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