【千葉県野田市】江川地区
“コウノトリと人が共に生きる故郷ふるさと”を育み、
次世代へ受け継ぐ
荒廃した江川地区の農地を整備・復田し、減農薬の米作りやコウノトリをシンボルとした里地里山の再生に取り組んでいます。
荒れた谷津田に、
もう一度いのちの循環を
千葉県・野田市江川地区は、斜面林と水辺、田んぼが一体になった“谷津田”の風景が広がる場所です。かつては子どもたちの遊び場でもありましたが、宅地開発計画の中止や耕作放棄が重なり、次第に荒れていきました。
「遊び場だった場所が荒れていくのは寂しかった」。野田自然共生ファーム・永井盛雄所長はそう振り返ります。
この景色を取り戻すため、野田市は2000年代に自然環境の保全計画をつくり、約90haのエリアを保全管理/市民農園/施設管理/ブランド米/保全樹林にゾーニング。実行組織として株式会社野田自然共生ファームを立ち上げ、水路や農道を整え、休耕田の復田を進めてきました。2009年には水田型市民農園が開園し、減農薬での米づくり体験もはじまりました。
生きものが帰ってきたら、
再生は本物
手入れをはじめて見えてきたのは、生きものの帰還でした。地域の野鳥観察では、近年このエリアで72種を確認。観察会ではオオタカやアカゲラ、エナガの群れにも出会えます。「昔の田園風景が戻ってきたみたいで、どこか懐かしい」。という声も増えました。季節ごとの自然鑑賞会には、毎回30人ほどの市民が集まります。
利根川(とねがわ)や菅生沼(すがおぬま)など、周辺に残る湿地と江川地区を行き来する鳥の姿が見られるようになり、江川は“渡りの中継地”として再生しつつあります。
コウノトリ“ひかる”と育てる、
生物多様性のまちづくり
この再生を象徴する存在が、国の天然記念物・コウノトリです。水田に隣接する施設、「こうのとりの里」でコウノトリの飼育・繁殖を開始後、最初に放鳥(2015年)したコウノトリは、すぐに野田市から飛び去ってしまいました。しかし翌年、オスの「ひかる」は約2か月、この里でのんびり過ごしてくれました。カエルやヘビ、魚をねらう姿は話題になり、「自然の中でがんばる姿に元気をもらった」という声が市民からたくさん届きました。
同施設の飼育員、森本直樹さんは忘れられない場面として、「施設の来館ベルが鳴るのに人が来ない。そっと入口に行くと、ひかるがこちらを見ていたんです。水槽の魚を眺めていたみたいで、ここで穏やかに暮らしていることが嬉しくて」と話してくれました。
コウノトリは、湿地や水田の食物連鎖の頂点に立つ鳥。コウノトリが暮らせるということは、餌となる生きものが豊かな土地になっている証拠です。
いのちを支える、やさしい仕掛け
冬の田んぼに水を張る「ふゆみず田んぼ」。いちばんのねらいは、冬場の餌不足を乗り越えること。水があると微生物やミミズが増え、それを食べに来た鳥の落とす栄養によって、さらに小さないのちが育ちます。小さな循環がいくつも重なって、里山全体の元気が戻っていきました。
日々の見回りや水管理、年2回の大規模な草刈り。真夏には炎天下に作業します。ですが、永井所長は「風景が少しずつよみがえると、子どもの頃の記憶がよみがえり、心が落ち着くんです」と語ります。
近隣で20年ウォーキングを続ける80代のAさんは、「荒れた田んぼだったけど、今はコウノトリを見るのが楽しみ」と笑顔に。その風景を守りたいと、ごみ拾いも始めました。関わる人が増えるほど、再生は地域の“あたりまえ〝になっていきます。
江川地区からひろがる、
自然と共生する未来
江川地区は、国の「自然共生サイト」としての価値を、30 by 30の流れの中で、ここで得た知識を野田市内の他地域、そして周辺地域へと広げています。環境教育や市民参加を続けながら、子どもたちが自然の中で学び、育つ日常を次の世代へ手渡していきます。
活動中のエピソードや想い
72種類の鳥が観察できる自然の宝庫
野田野鳥同好会の田中勝美さんは鳥類の専門家として、当サイトで開かれる自然観察会の講師を務めています。ご自身もこの近隣に50年前からお住まいで、江川地区が水田として栄えていた姿も、休耕田が増えて荒廃していく姿も、里山再生で蘇っていく姿も見守ってきました。
「野田は昔は湖沼地帯で利根川沿いに沼がいっぱいあったのですが、埋め立てでほとんどなくなってしまいました。その結果、葦原に生息する小鳥が増えて、大型の猛禽類は数も種類も減りました。ところが、利根川を挟んだ反対側の坂東市には菅生沼などの沼はまだ残っていて、いろんな種類の鳥が棲んでいます。江川地区を開発せずに里山として残したことで、それらの鳥が利根川を渡ってこちら側へも行ったり来たりするようになりました。野田野鳥同好会の調査では近年、この地区で72種類の鳥を確認しています。1月の観察会でもオオタカやアカゲラ、エナガの群れなどが見られました。冬にはタゲリという渡り鳥が数百羽やって来ることもあります。タゲリが来るということは、餌場として優秀な田んぼなんですよ」と、田中さんはこの地に再び鳥たちが帰ってきたことを嬉しそうに話します。そして、こんなことも。
「ここには、自分が子ども時代に見た田園風景があります。昔を思い出してノスタルジアを感じます。街を開発して利便性を良くしていくことも大事ですが、自然を残すことも大事。バランスを考えた都市づくりをしていってもらえたらと思います」
故郷の原風景を再生する喜び
野田自然共生ファームの永井盛雄所長は、子どもの頃から野田に住んでおり、昔はこの辺りでよく遊んだと言います。「昭和から平成にかけて荒れ果てていく江川地区を見て、いつも寂しく思っていました。ですから、こうして自分たちの手で再生できるのは最大の喜びです。田んぼというのは放置するとすぐに葦だらけになり、水路も土が崩れたり枯れ葉で埋まったりして、あっという間に荒廃してしまいます。そのため、日々の手入れや年2回の草刈りは欠かせません。江川地区は全体で90ha、東京ドーム約20個分という広大さなので、作業は骨が折れます。夏場は特に炎天下で過酷ですが、少しずつきれいになっていく様子を見ていると、昔ここで遊んだときのことを思い出して気持ちが安らぎ、元気になります。私がここで遊んで大きくなったように、今の子どもたちにも自然の中で様々な体験をしてもらい、心豊かな人になってもらえたら良いですね」。
コウノトリとの印象的なエピソード
サイト内の施設「こうのとりの里」の主任飼育員・森本直樹さんには、忘れられないコウノトリとの思い出があります。それは、2016年に放鳥した「ひかる」というオスのコウノトリです。
「当施設で初めての放鳥だった2015年は、放鳥の翌日にコウノトリたちが野田市から飛び立ってしまい、期待していた江川地区で生活する姿を見ることはできませんでした。地元の方々も田んぼで餌をとる姿を楽しみにしていたので、残念だったという声を聞きました。その翌年、放鳥した2羽のうちの1羽がひかるでした。ひかるは約2ヶ月江川地区に滞在し、いろんな姿を見せてくれました。サイトを訪れた見学者からも『カエルを何十匹も食べていたよ~』や『ヘビ捕まえてる!』『魚獲ってた!!』などいろいろな報告を受けました。また、『自然の中で頑張って生活する姿を見て感動した』という声も多く寄せられ、コウノトリファンが増えるきっかけをくれたのも、ひかるです。そんな中で最も印象に残っている出来事は、私が施設内で仕事をしているとき、来館者を知らせるベルが何度も鳴るのに人が入って来ないことがありました。おかしいなと思って様子を見に行くと、施設の入り口からこちらを見ているひかるがいたのです。展示水槽の魚を見ていたようでした。その姿を見て、私はのんびりとこの里山で暮らしている様子を嬉しく思いました」。
この里山のために自分も何かしたい!
江川地区の近隣に住む80代の女性Aさんは、20年ほど前からウォーキングを始め、毎日ここを1時間かけて歩くのを日課にしています。
「いつまでも元気でいたいから、足腰を鍛えようと思って歩き始めました。畦道は車通りが少ないので安全ですし、自分のペースで歩けるので、他にも散歩したりジョギングしたりする人を見かけますよ。私は季節ごとの花や虫を見ながら歩いています。20年前にウォーキングを始めた頃は、ただの荒れた田んぼだったのですが、少しずつきれいになって、今はコウノトリやサギなどが餌を食べているのをよく見ます。コウノトリがいる田んぼなんて全国でも数少ないそうで、すごいですね。皆さんがこんなに素晴らしい場所をつくってくれたのだから、私も何かお手伝いがしたいと思って、いつも袋を持って、ゴミ拾いをしながら歩くようにしています。これからもこの風景を守ってほしいです。」
「自然共生サイト」に申請した理由とメリット
市が進める「生物多様性のだ戦略」との親和性が高いと考え、申請しました。認定によるメリットは大きく3つあります。
①市の環境施策への信頼性と知名度が向上
②地域活動が活性化するきっかけになる
③国際的な自然保護目標「30by30」に寄与する活動として、国の支援や補助金制度が活用できる。
環境再生保全機構 担当者から
自治体が主体となり水田環境を再生し、生物多様性の保全を着実に進めている好事例です。コウノトリが飛来・定着する環境づくりは地域の取組の成果で、自然と共生するまちづくりを体現しています。
DATA
- 申請者/野田市
- 実施区域・面積/千葉県・18.3248ha
- 活動類型/生物多様性の維持
- 生物多様性の価値/①③④⑥⑧
- URL / https://www.nodafarm.jp/

