【長野県伊那市】鳩吹山
「森と暮らし」を再びつなぐ
現代の里山とエコシステムを作る
担い手不足や木材価格の低迷により管理が難しくなっている里山。
企業活動を通じて森と暮らしを結び直す、現代の里山づくりが進行中です。
保全とビジネスの両立で
豊かな森と暮らしを作る
長野県伊那市の西部、中央アルプス山麓部に位置する「鳩吹山」(はとぶきやま)。カラマツやアカマツの人工林を中心に、クリやコナラなどの広葉樹林がほどよく混在する森には、地域の水源となるトリイ沢が流れ、山頂付近にはパラグライダーの離陸場も備わっています。
財産区有林として地域で管理されてきたこの山は、2022年7月以降、森の資源を使った楽しい暮らしを提案する「株式会社やまとわ」が管理委託を請け負っています。背景には、代表取締役で木工職人でもある中村博さんが感じた“森の変化”がありました。
「鳩吹山は、昔から地域の人が林業や山菜採りをする里山のような存在です。しかし、時代の流れとともに人が入らなくなり、徐々に荒廃していきました。価値があるのに、放っておけば失われる。それが残念で、再び親しみやすい里山として甦らせ、森と人の絆を結び直そうと決意したのです」。
保全活動を継続させるために重視するのが「経済との両立」です。
山の個性を未来へつなぐ
里山コンセプトマップ
現場で活動するのは、行政や建築、アウトドアなど異なるバックグラウンドを持ち、多様な視点から森と関わる「農と森事業部」の社員たちです。
まずは鳩吹山の個性を知るため、植生や猛禽類、水資源、地形地質などの調査を2年間かけて実施。それをもとに15年後の姿を描く「里山コンセプトマップ」を作成し、遊びの森、カラマツの森、見晴らしが良く明るい森など7つのゾーンごとに役割を定め、バックキャストで整備を進めています。
「鳩吹山には、区域の中央を分断する大きな尾根があるのが特徴です。その尾根筋に道を通し、北側を木材生産と林業体験の場とし、南側はイベントなどを通じて企業や一般の方々と共に森づくりを楽しむような未来を描いています」と話すのは、同社の川内洋輔さん。営巣が確認された猛禽類(もうきんるい)のハチクマの心境にも想いを馳せ、「棲息しやすい森林環境を整えたい」と穏やかに熱く語ります。
光環境などを整えるために伐採した樹木は、適材適所の活用法を見定め、有効利用へとつなぎます。例えばアカマツは、自社工房で紙のように薄く削られ、食品を包む「経木」(きょうぎ)として流通。さらに、遥か大和時代の活用法であった「お経を書く紙」を現代に翻訳した「木の文具」にもアレンジされ、国内外に森の新しい価値を届けています。
活動の成長に欠かせない
ネットワークの力
夏の暑い日も、雪の降る日も、身体を使って道づくりや伐採整備を積み重ねてきたことで、林床が明るくなり、新たな種の出現も見られるなど、森の中にも少しずつ変化が現れています。また、信州大学の助言を得ながら、トリイ沢の水量・雨量を一年を通して計測し、今後の活動の「指標」にする取組も進んでいます。
「森というのは本当に奥が深く、自分達の考えだけでは至らないことがたくさんあるので、さまざまな知識や経験をもった方達に協力していただき、共に活動していくことが大切です。今後は自然共生サイトに認定されている方々とも意見交換を図り、人がどう関われば自然がよりポジティブになり、私達の暮らしも豊かになるのかを見極めていきたいですね」(川内さん)。
「ネットワークはまさに変革の要です。里山と企業が相互作用で結び合うエコシステムを社会に接続し、全国各地と連携して大きな流れを生み出したいと思います」(中村さん)。
活動中のエピソードや想い
未来ビジョンを「15年後」に設定した理由とは?
鳩吹山の活動では、15年後の姿を描いた「里山コンセプトマップ」を設置し、そこから逆算して日々の作業や計画に落としていくという設計思想が用いられています。
ではなぜ15年後なのか。「株式会社やまとわ」代表取締役の中村さんは、その理由を次のように説明します。
「昔の林業では『森林は孫からの預かり物』、つまり、自分たちが育てている木は孫の代に使うもの、と考えられていました。それと比較すると木の時間軸として、15年は短いです。ただ、自分の世代で自然からの恩恵が受けられないというのは、森に対する興味関心を下げることになるのではないかと思います。
そこで私たちは、“今関わっている自分たちが現役のうちに変化を見届けられる”未来として15年を定め、毎日の活動にワクワク感を持って取り組んでいます。
一方、15年後の未来地図という具体的な姿を示したことで、『この場所に関わりたい』と訪ねてくださる専門家や一般の方も確実に増えていると感じます。“ワクワク感”は大事で、人が集まることで森は変化していきます。だからこそ、正しく調査をして、あるべきポジティブな姿を追求していかなければならないと考えています」。
「知る」→「加わる」→「享受する」→「還元する」という循環モデル
「里山コンセプトマップ」という未来ビジョンを実現していくにあたり、やまとわでは森の活動が人にとっても森にとっても良い循環となるよう心がけて活動しています。それは、「①森を知る(森の調査)」→「②森に加わる(森林整理・希少種の保全)」→「③森からの恵みを受ける(ビジネス創出)」→「④森に還元する(情報発信・社会認知・利益還元)」→「①に戻る」という循環モデル。「保全と経済の両立」という同社の価値観と行動指針を言語化し、それを全員が共有することで、より自由な発想をもって力強い活動につなげています。
経木との出合い
「森をつくる暮らしをつくる」という理念のもと、地域木材を活用したさまざまな木製品を作るやまとわ。なかでも静かなブームとなっているのが、鳩吹山などで採れたアカマツを紙のように薄く削って作る「経木」です。日本では大和時代から使われており、現在も、おにぎりやお肉などの食品を包む包装材として再注目されています。やまとわでは、アカマツの香りや年輪、手触りを楽しめる素材として、包装材以外にも「木のノート」「木のブロックメモ」「木の一筆箋」などを造り、森の価値を国内外に伝えています。
その「経木」とやまとわの出合いは、創業2年目の2018年。木の家具は手入れをすれば何十年と使い続けることができますが、そうした耐久消費だけでなく、木の成長スピードと利用が釣り合う木製品を探していたところ、たまたま同社の活動を知る人の勧めで、長野県内で一人だけ経木を作っていた90歳を超える職人さんの元を訪ねることになり、機械を譲り受けることができたそうです。
「時代の流れとともに経木を目にする機会は減り、“温故知新”のプロダクトのようにも思えます。しかし、かつては日本全国で生産され、とりわけ近くにアカマツが生えていた場所では盛んに作られていました。この伊那谷エリアは森林の約21%がアカマツというデータがありますから、理にかなっているんですね。
昔の人は山との距離が近かったからその方法を見つけ出せた。経木を作っていると、そういった先人たちの思いがよく分かります」(中村さん)。
「仲間」をつくって成長する
中村さん、川内さんが共に大切にしているものに“仲間づくり”があります。例えば、伊那市と連携して開催する「伊那谷フォレストカレッジ」では、「森で100の仕事を作ろう」をコンセプトに、林業従事者をはじめ建築、教育、アウトドア、さらに森に興味のある市民や都市部の人々が、立場を超えて森の価値と活用法を考察。鳩吹山もその実践フィールドのひとつとして活用され、仲間と共に森に関わっていくための入口になっています。
また、日々の保全活動においては、「森のことは奥が深く、自分達の考えだけでは至らないことがたくさんあるので、鳩吹山を良く知る地元の方やさまざまな分野の専門家との出会いに助けられました。想いを伝えて共感してもらい、仲間を増やしていくことは大切かなと思います」と川内さんは話します。
「私自身は、前職が林野庁で国有林の管理に従事してきました。森の仕事をしていると何でも知っていると思われがちですが、正直『聞かれても分からないこと』はたくさんあります。これで良いのかと悩んだ時期もありました。そんなときに自分にはない知識や経験を持つ仲間にたくさん支えられ、またその方達との出会いの積み重ねが今の自分の考えに繋がっています。これから自然共生サイトに申請を考えている方の中には、スペシャリストではないから、と躊躇している方がいらっしゃるかもしれませんが、大事なのは、その自然が『好きだ』という気持ち。それさえあれば、多くの大切な仲間とつながることができます。堂々として前へ進んで良いと思いますし、自分にもそう言い聞かせています」(川内さん)。
人と森が共生する未来は、想いを持つ仲間たちの手によって形づくられていきます。この鳩吹山で生まれた知恵が、いつか日本中の森を豊かに照らす日を目指して、やまとわの挑戦は続きます。
「自然共生サイト」に申請した理由とメリット
自分達の行ってきた活動が、森に対して、また社会に対して正しい活動であるかを、専門的な知見を持った
第三者に確認していただけるということ、自然共生サイトに登録されることで、ネイチャーポジティブ目標に
自分達も貢献できるということが1番の理由です。
今後は他の活動団体とも連携できるよう、ネットワークを広げていきたいと考えています。
環境再生保全機構 担当者から
生態系機能を高めつつ、木材販売にとどまらない森の価値創出に挑む姿が印象的な事例です。
地域資源を活かした多様な取組を進めており、その実践から学べる点が多いと感じています。
DATA
- 申請者/株式会社やまとわ
- 実施区域・面積/長野県・55.26ha
- 活動類型/生物多様性の維持
- 生物多様性の価値/③④⑥
- URL / https://yamatowa.co.jp

