【佐賀県鹿島市】ななうら 干潟とめだかの里
地域の宝を次世代へ。
交流の輪で紡ぐ、七浦の豊かな未来
里から海へ、水路でつながる稀有(けう)な生態系を守っているのは、
未来を思いやる人々のやさしさと、泥にまみれて遊ぶ人たちの笑顔でした。
有明海と歩んできた七浦の暮らし
迫る環境の変化が、町の活気に影を
佐賀県鹿島市の南部に位置する七浦地区。多良岳(たらだけ)山系から湧き出す伏流水が里を潤し、海へと続く水の流れが豊かな生態系を育んでいます。
この水の流れを受け止める有明海は日本最大の干満差をもつ、広大な泥の干潟。地元の人々は、親しみを込めて干潟を「ガタ」や「まえうみ」と呼びます。
干潟に面した「道の駅鹿島」の駅長、下村浩信さんは七浦のご出身。「私が小さいころは、毎日のように漁師の叔父につくってもらった押し板でガタにくり出していました」と、当時のことを教えてくれました。
押し板とは、泥の上を移動するのに用いる道具のこと。有明海などの泥深い干潟では、この板に乗って、ムツゴロウ漁や貝採りが行われていて、下村さんもハイガイやアゲマキといった貝をよく採っていたそう。ところが近年は環境の変化により、干潟に生息する魚介類が減少。 産業の低迷により、町そのものも活気を失っていきました。
「生業(なりわい)の海」から「遊びの場」へ
視点の転換が干潟の環境を救う
その状況を打破しようと、地域おこしの一環として始まったのが「ガタリンピック」です。干潟を舞台に大人も子どもも泥まみれになって楽しむこの祭典は、2024年に40周年を迎え、今や地域の代名詞。現在は、道の駅鹿島に隣接する干潟交流館で「干潟体験」も受け付け、気軽にガタに触れられる機会を提供しています。
「人がガタの呼吸を助ける」。現場で指導にあたるインストラクターの中島英貴さんは、そう確信を込めます。
春の「がた開き」前に、中島さんらが泥をかき混ぜて、ガタの中にたまった硫化水素を抜き、その後、ここを訪れた人々が、ガタに足を踏み入れることで、泥の中に酸素が入り込む── 。
海流が弱まった現代、 このアクションこそが健全な環境を維持する力になるのだそう。一般的に人の立ち入りは生態系への負荷とされますが、ここ七浦では、人の賑わいが生物生息環境の保全活動に直結するのです。
守り、つないできた水辺の営み
あちらこちらに息づく地域の財産
この保全の心は、里山エリアでも根づいています。
かつて農業用水路の三面コンクリート化計画が持ち上がった際、「生き物がいなくなる」と反対の声を上げたのが中島直道さんでした。
「生き物が棲めぬ場所では子どもの感性は育たん」と、行政を説得し、自然石の「石積み」を死守。大きな石の隙間は生き物の逃げ道や棲家となり、今も水路には、ミナミメダカやカワニナが群れています。
また、河口では地域の有志が伝統の「うなぎ塚」を設置し、地元の高校生らと共に生息調査を実施。伝統の知恵が今の海の価値を再発見させてくれる契機になっています。
あたりまえの景色を地域の誇りへ
この指止まれで繋ぐ七浦のファン
七浦の各所で続けられてきたこれらの保全活動は、誰かに命じられたものではありません。自分たちの手でこの環境を守り、未来へ手渡したい。
そんな一途な想いが活動の原動力。
鹿島市役所の室井利允(としのぶ)さんは、こうしたとり組みを、次の世代へ、どう引き継いでいくかが、今後の大きな課題だと語ります。
「自然の営みを守ることは、そこで育まれる子どもたちの感性を、そして地域そのものの未来を守ることだと考えています。その上で、過疎化で担い手が減っていく現実にも向き合わなければなりません。地元の方はもちろん、遠くに住む人も含めて『七浦のファン』を増やしていくこと。それが、今後の鍵になると思うんです」
命が関わり合う環境を未来へ。この地で育まれた郷土愛こそが、豊かな自然を支える一番の力となります。
活動中のエピソードや想い
入江に響く命の鼓動
朝7時。静寂に包まれた早春の七浦の沖に、鳥の鳴き声が響き渡っていました。空を旋回(せんかい)し、干潟へと舞い降りるもの。水面に浮かび、餌を探すもの……。潮の満ち引きに合わせて、鳥たちは居場所を変え、それぞれの朝を過ごしています。
ここ有明海の沿岸は、シギやチドリといった渡り鳥たちが、はるか数千キロの旅の途中に羽を休める貴重な休息地。冬になれば、絶滅危惧種のクロツラヘラサギが静かに佇む姿も見られます。そんな世界的に見ても希少な命の営みが、この地では日常の風景として溶け込んでいます。
かつて七浦の沿岸には、この干潟と地続きになった「入江」が、あちこちに広がっていました。そこは、鳥がついばむような小さな生きものたちの産卵の場であり、育ちの場。ところが、道路整備をはじめとする開発が進むにつれ、多くの入江は埋め立てられ、かつての姿をとどめる入江は、今ではわずか。現存する入江をのぞいてみると、泥の表面にぽつぽつと小さな穴がありました。
「パチパチと音がするでしょう?」
そう言って微笑むのは、「まえうみ市民の会」の樋口作二さん。入江には、トビハゼやシオマネキ(カニ)など、小さな生きものたちが暮らしています。泥の表面に見える穴の多くは、そうした生きものたちの住処。
「こういう小さな生きものは、流れの速いところでは生きていけないんですよ。入り江のような “たまり”が必要なんです」
ただ、その環境を守ることは簡単ではありません。生きものを思えば大規模に地形や泥層を改変しないのが一番ですが、人の暮らしを守るためには、どうしても手を入れざるを得ない場面もあります。
「そのバランスが保全活動の難しいところですね」
人の安全を守ることと、生きものの営みを守ること。樋口さんが抱くこの「管理と保全の葛藤」は海だけの問題ではありません。里山でもまた、同じ問いに向き合う人たちがいます。
Photo:樋口作二
里山に築かれた、次世代の土壌
海へと注ぐ水の流れをたどると、その上流には里山の風景が広がっています。そこに中島直道さんを中心に「めだかの楽校(がっこう)」の仲間が情熱を注ぐビオトープエリアがあります。かつてこの場所でも、「効率」か「命」かの選択を迫られる出来事がありました。農業用水路をコンクリートで固める計画がもち上がったのです。管理のしやすさを考えれば、コンクリートが合理的かもしれません。しかし、中島さんは猛反対しました。その背中を押したのは、当時4歳だった息子さんのひと言でした。
「ここが固められたら、もう何もいなくなるよ」
当時、地域では昔ながらの石垣でできた農業用水路や池が次々と姿を消し、それに伴ってメダカなどの小さな生きものたちが目に見えて減っていました。大人が「時代の流れ」として見過ごしがちな環境の変化。けれども、遊びの中で命と触れ合ってきた子どもの感性が捉えた危機感を、中島さんは看過することができませんでした。行政を粘り強く説得し、すべての水路を固めるのではなく、コンクリートで整備する場所を限定するなどの折衷案を提示。
そうして保全が決まった区間の水路は、中島さんら地元の有志が自ら石を運び、手作業で築き上げていきました。「現地調達がモットーですから」。そう語るのは、中島さんらと共に作業をしてきた川浪良輔さん。地域のみんなで力を合わせて石を積み上げ、水路を形にしていった当時の熱気を誇らしげに振り返ります。
こうした地域の人々の情熱に応えるように、現在、水路にはミナミメダカやバラタナゴ、ギンヤンマといった希少な生物が姿を見せています。中島さんはこの場所を拠点に、子どもたちを対象とした「めだかの楽校」を主宰。生きものの観測だけでなく、薪で米を炊き、自分たちで捕った魚をその場でフライにして味わうといった「命の循環」に触れる体験も大切にしています。
「自分たちで捕って、食べるまでやってこそ、意味があるんです」
お米をやさしく洗う手つきから、命をいただく実感まで。実体験を通じて育まれる知恵こそが、自らの手で未来を切り拓く力になると中島さんは信じています。この場所を守り続けることは、次世代の「生きる力」を育む土壌を守ることに他なりません。
山と海をつなぐ、水の循環を信じて
里山を流れる水は、再び海へと戻り、地域の拠点である「道の駅鹿島」の目の前に広がる干潟へと注ぎます。駅長の下村浩信さんは、この道の駅を単なる特産品の販売所ではなく、有明海の「今」を五感で知るための大切な入り口だと考えています。
その象徴ともいえるのが、道の駅に隣接する「干潟交流館」に併設された「ミニ水族館」です。そこにはムツゴロウやワラスボ、シオマネキといった有明海特有のユニークな生きものたちが展示されており、訪れる人々に海の豊かさを伝えています。
「まずは、この海にどんな命が息づいているかを知ってもらうこと。この水槽の中にいる生きものたちが、すぐ目の前の海に“あたりまえ”にいることのすごさを、肌で感じてほしいんです」
そんな想いは、展示室を飛び出し、水の源流である「山」へと繋がっています。豊かな海を維持するため、地域の漁師や有志の仲間たちと共に、多良岳山系へ広葉樹を植えに通っているのです。
広葉樹が落とす葉は、やがて豊かな腐葉土となり、海で魚や貝を育むミネラルを川へと供給します。また、広葉樹の深い根が蓄えた水は、長い時間をかけて安定的に海へと届けられます。下村さんたちは、この目に見えない大きな循環を信じ、数十年後の海を想いながら、静かに種をまき続けています。
豊かな自然を守る活動の一方で、海とともに生きてきた「文化」を伝える取組も欠かせません。道の駅の海岸線に目を向けると、海上に突き出た「棚じぶ(たなじぶ)」の小屋が目に入ります。
「棚じぶ」とは、海岸近くの海上に建てた小屋から巨大な「四手網(よつであみ)」を沈め、潮の満ち引きに乗ってやってくる魚を待つ、江戸時代から続く伝統漁法です。海上数メートルの高さに杉丸太で櫓(やぐら)を組み、小屋の中からロープ1本で網を引き上げる。効率や生産性が優先される現代にあって、自然のリズムに身をゆだねるこの漁法は、有明海とともに生きてきた人々の心のゆとりを今に伝えています。
実体験から生まれる、自分たちの誇り
こうした伝統を次世代へと繋げる役目を担っているのが、鹿島市です。市役所の室井利允(としのぶ)さんは、「棚じぶ」や樋口さんたちが教える「うなぎ塚」といった暮らしの知恵を、単なる「思い出」で終わらせたくないと考えています。
市では現在、干潟での生きもの観察会や、里山の清掃、さらには外来種から在来種を守る保全活動など、子どもたちが実際に泥に触れ、生きものと向き合う機会を大切にしています。知識として学ぶだけでなく、五感を使って「自分たちの町はなんて面白いんだ」と胸を張れるようになること。そうした実体験を通じた「郷土のファンづくり」に、室井さんは力を注いでいます。
「自然の中で感性を育むことは、地域そのものの未来を育むことだと思います」
Photo:樋口作二
この風景があり続けるふるさとでありたい
陽が高くなるにつれ、干潟はさらに活気づいていきます。春のやわらかな光を浴びて、ムツゴロウたちが泥の上で元気よく跳ね、シオマネキがユーモラスにハサミを振る。渡り鳥たちはそれを見守るように、悠々と空を舞っています。
山で木を植え、里で石を積み、豊かな水を海へと送り出す。干潟で泥をかき混ぜ、小さな命の居場所を守り、水族館で命の尊さを伝える。七浦の人々が楽しみながら繋いできた「水の道」は、今日も途切れることなく海へと注いでいます。
渡り鳥の羽音が響き、入江に命の穴が刻まれ、水路にメダカが泳ぐ。そんな当たり前の風景が、この先もずっと、子どもたちの笑い声とともにあり続けるふるさとであるように。潮の香りに包まれながら、この豊かな七浦の未来を、自分たちの手でしっかりと次世代へ繋いでいく。人々の眼差しには、そんな静かな、けれど揺るぎない決意が宿っていました。
「自然共生サイト」に申請した理由とメリット
変わりゆく時代の波のなか、希少な動植物が息づく生態系を次世代へ繋ぐことは簡単ではありません。
「自然共生サイト」の認定は、住民が守り続けた活動を称えるバッジになります。
この目に見える証が、地元に対する一人ひとりの誇りを呼び覚まし、地域外へ七浦の価値を届ける力になると期待しています。
環境再生保全機構 担当者から
干潟・河川・水路を一体的に捉え、鹿島市を中心に地域の多様な主体が協力して保全と活用を進める取組は、他地域にも参考となる好例です。生物多様性の保全と伝統文化の継承が両立している点も注目です。
DATA
- 申請者/鹿島市
- 実施区域・面積/佐賀県・3.114ha
- 活動類型/生物多様性の維持
- 生物多様性の価値/①③④⑤⑥⑦⑧⑨
- URL / https://michinoekikashima.jp/main/

