
地球環境基金便り No.57(2024年12月発行)
小山 慶一郎KEIICHIRO KOYAMA
1984年、神奈川県生まれ。
NEWSのメンバーとして、2003年にシングル「NEWSニッポン」でCDデビュー。ドラマ『高杉さん家のおべんとう』主演などの俳優業のほか、コメンテーターとしても活躍中。
NEWSのメンバーとして活躍する一方で被災地訪問などのフィールドワークを10年以上続けている、小山慶一郎さん。
自分の目で見て、感じた体験から得た、環境への思いを語っていただきました。
僕は今、NEWSの活動以外に、個人で日本各地を回ってその土地の文化に触れたり、防災をテーマとしたトークショーに参加させてもらったりしています。もっとも大切にしているのは、フィールドワークを欠かさないこと。実際に自分の目で見て、感じたことをみなさんに伝えたい。逆に、そうじゃないと自分の言葉が嘘になってしまうと思っています。
その原点は東日本大震災の取材にあります。震災直後から今に至るまで100回以上現地を訪問させてもらっていて、街や被災者のみなさんが復旧・復興していく様を間近で見てきました。
なかでも印象的だったのは、被災直後はショックのあまり生気がない…というか、後になってご本人も「あの時は心身ともにかなり参っていました」とおっしゃるくらい落ち込みの激しかった方が、数年後、街の復興が少しずつ進んできた時期に伺うと、驚くほど目が輝いていたことです。「心の復興」を目の当たりにしました。
「なるほど、人は生きる目標や未来への希望が見えたときに変わるんだ!」と。そのときに“人が変わる瞬間”を目の当たりにした僕は、涙が止まりませんでした。その方を含め、今でもお付き合いのある方が何人かいるんですけど、10年以上被災地に通って見続けていることがいかに大切で、自分の引き出しを増やしてくれたか――。
2024年は能登半島の地震や水害もありました。改めて被災や復興の大変さ、現地に足を運び、思いを寄せ続けることの大切さ、伝え続けることの大切さを実感しています。
こうしたフィールドワークは被災地だけでなく、環境問題という点でも役に立っています。その場所に行き、その土地の人や専門家の方に話を聞くことで、思ってもみなかった現状や問題を知ることが多々あります。奈良県吉野町の「桜守」という人たちの存在を知ったときや、小笠原諸島の海がきれいな理由を聞いたとき、特に心が動かされました。
桜守とは文字通り「桜を守る人」で、桜が咲くわずか一瞬の時季のために、残りの1年をかけて、土壌の改良、間伐、草刈りやゴミ拾い、病気になってしまった桜の手当てなどを幅広いお世話をしているそうなんです。それを知って桜の見方が変わりましたし、もっと言えば、「環境って実はそんなふうに目に見えないところで守ってくれている人がいるんだ」ということに気付かされた出来事でした。
一方、小笠原諸島ではダイビングをしたのですが、あまりの海のきれいさに感動して、ガイドの方に理由を聞いたんですね。そしたら「人が来ないからだよ」って言われて、それも目から鱗でした。人が来ないって、ネガティブなように聞こえるけど、むしろそれによって自然が守られるというポジティブな面もあるんだなって。川や海の水質汚染の問題を知ってからは、家で自然由来の洗剤を使うようになりました。
フィールドワークで得たこれらの知識から学んだのは、環境には良くも悪くも人が関わっているということ。「環境って人なんだな」と、僕は思います。もちろん人が原因で環境を壊してしまうこともあるし、どちらかといえばそっちの側面のイメージが強いと思いますが、環境を守ることができるのも、また人なんです。そういう意識をみんなが持っていたらこれからの地球環境は絶対に変われると思うし、僕自身もそう信じて取り組んでいきたいと思っています。
例えば、僕はペットボトルのラベルやキャップを外して分別して捨てますし、もしマンションのごみ置き場にラベルのついたものがあったら、他人のごみでも剥がしちゃいます(笑)。1人で大きなことを変えるって難しい。でも、一人ひとりができることを積み重ねていけば大きなアクションにつながることを、僕は信じています!
実家がラーメン店なので、今で言う「フードロス」問題は、幼い頃から母の背中を見て学んでいたと思います。「もったいない精神」は身に付いていて、例えば、ロケで1日に何軒も回る時にも、絶対に食べ残したくない。1人で食べきれない時は、スタッフみんなで分け合って食べましょう!と声を掛けます。自分が率先して声を上げることで、現場が変わっていくと思っています。
今年2月に日本カーシェアリング協会を通じて、能登で被災した方々に軽トラックを寄付させていただきました。これまで被災地への寄付というと、簡易トイレや食料しか思い浮かばなかったんですけど、それって点の支援だったかもなと。軽トラックは、その瞬間だけじゃなく、何年も使ってもらえる線の支援になると思ったんです。防災士の資格を取ったのも、東日本大震災で被災した方たちのことをもっとわかりたいと思ったからでした。僕は手話もできるので、自分の特技を生かしながらこれからも被災地と関わっていきたいと思っています。
インスタグラムで環境問題について書くと、普段より「いいね」やコメントが明らかに減るんです。そういう投稿でも、いつもと同じようなリアクションをもらえるようになれたら、みんなの環境に対するハードルも下げられたってことかな、と。そんな僕なりの環境問題へのチャレンジも続けたいです。
日本の文化や伝統、環境を発信していきたいと、小山さんがインスタグラムで始めた「ジャパンプロジェクト」。「仕事で全国各地に行っているのに、日本のことを全然知らないなと思って」。これまでに京都、大阪、奈良、北海道、三重をはじめとする地域のほか、盆栽や日本舞踊などについても発信。「そのなかで環境問題を目の当たりにすることもあります。自分の目で見た現状を伝えることも、このプロジェクトの目的のひとつ。47都道府県すべてに行けたらいいなと思っています」。