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地球環境基金便り No.51 (2021年9月発行)

特集生物多様性は、今

総括インタビュー
一般財団法人自然環境研究センター 上級研究員 渡辺 綱男さん

自然だけを切り離して考えるのではなく、
気候変動、防災、健康など
さまざまな課題と結び付けた
総合的なアプローチが大切になる

この10年で前進できたこと

昨年「国連生物多様性の10年」は節目を迎え、愛知目標の達成度が評価されました。国連の条約事務局が公表した「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」では、愛知目標20の項目のうち、完全に達成されたのはゼロでしたが、20の項目を細分化した60の要素ではいくつか達成されたものもあるという評価でした。

具体的には、保護区の指定や国家戦略の作成といったアクションは計画通り進んだ一方、農業や林業の持続性、サンゴの健全性などの状況は良くなっていません。アクションはしたものの、状況の改善に至らなかったという傾向が顕著で、生物多様性の損失要因となっている経済や社会の仕組みを根本的に変革する必要があるとGBO5のレポートは強調しています。

私もまた、アクションの部分ではこの10年にかなり進展があったと感じています。COP10をきっかけに、IUCN-J(国際自然保護連合日本委員会)が立ち上げた「にじゅうまるプロジェクト」という企画があります。市民団体や企業などが愛知目標達成に向けてどんな活動をするか宣言してもらう企画で、10年で756の団体から1085の宣言が集まりました。これは当初の予想を大きく上回る数です。ここから新しい連携も生まれました。例えば同プロジェクトでの交流をきっかけに始まった「田んぼの生物多様性向上10年プロジェクト」には、NGOを中心に米の生産者や流通業者、地域の企業などが参加。まさに愛知目標が求める「あらゆるセクターの人が参加する」活動です。まだまだ達成できていないこともありますが、前進したこともたくさんあります。

これからの活動は民間の力がカギに

では今後はどんな活動が求められているのでしょうか。一つは生物多様性と温暖化対策を両立した取り組みです。例えば「カーボンニュートラル」の実現には再生可能エネルギーが欠かせません。しかし自然に配慮せず山を切り開いて風力発電やメガソーラーを設置すれば、生態系が破壊されます。どちらかだけの視点ではなく、生物多様性も温暖化対策も両立するアプローチが大切です。また近年、集中豪雨による被害が増え、それに対応した防災・減災対策が急務になっていますが、それもまたやり方によっては自然を損ないます。そこで最近では、ダムや堤防など人工的な「グレーインフラ」だけに頼るのではなく、自然の地形や植生を生かして防災・減災の機能を高める「グリーンインフラ」を重視する動きが少しずつ出てきています。

もう一つ私が注目しているのが「OECM(Other Area based Effective Conservation Measures)=保護区以外の保全手段」です。法律で保護区を指定して自然を守る「保護地域(Protected Area)」に対してOECMは地域の人たちが保全活動をするエリアであり、民間が主体となって管理します。OECMのように民間の力で保全する地域と保護地域が相まって国土全体の自然の質を高めていくのが今後の大きな流れになるでしょう。

これからの生物多様性への取り組みは、自然だけを切り離して考えるのではなく、気候変動や防災・減災、健康、福祉、文化、農林漁業など地域のさまざまな課題と生物多様性を結び付けた総合的なアプローチが大事です。そこでカギを握るのは、民間の力です。NGO・NPOはもちろん、地域の人たちの理解や幅広い世代の参加も大切です。それぞれが自分の持ち味を生かし、一人ひとりが主役になったやわらかく幅広いパートナーシップを育てていくことが、今、求められています

プロフィール

一般財団法人 自然環境研究センター 上級研究員
IUCN-J(国際自然保護連合日本委員会)会長

渡辺 綱男(わたなべ・つなお)さん

1956年東京生まれ。1978年環境庁に入庁、全国の国立公園や野生生物の保護管理にあたる。釧路湿原の自然再生や知床の世界遺産登録、生物多様性条約COP10の開催、三陸復興国立公園づくりなどに携わり、2012年環境省を退官。現在は自然環境研究センターや国連大学に勤務。著書に『日本の自然環境政策』(東京大学出版会)など。

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